独奏
「……何言ってんだよ。殺せる訳がねえだろうが!」
「いや、知らないよ。君の事情なんて。守護団に所属している以上、任務は絶対だ。グランドさんはロージスくんの眼の前で殺すことを躊躇している。プランシーは人を殺せない。残ったのは俺とロージスくんだけだ。関わりのない俺がその子を殺すのと、友人であるロージスくんが殺すの、どっちがいい?」
静観を決めているグランド。
ローレンスは矢継ぎ早に俺へと重圧をかけてきた。
「ほら、殺せ。その為の剣だろう?」
違う。俺の剣は人を傷付けさせないために鍛えてきたんだ。
「殺せ。その為に強くなったんだろう?」
違う。俺は人を守るために強くなったんだ。
「殺せ。その為に生きているだろう?」
違う。俺はリーナと共に生きていくために今を生きている。
「殺せ。殺さなければ生きている価値など――」
違う。俺の生きている価値は――。
「やめてください、ローレンス。ロージスくんには殺させません。これ以上、辛い思いを弟子にさせる師匠はいていいはずがありません」
ローレンスの言葉を遮ったのはプランシーだった。
俺は顔を上げてプランシーの顔を見ると、何処か泣きそうな表情を浮かべている。お前は守護団の一員であって、俺に剣を教えてくれるだけの存在だ。
なんでお前が俺に感情移入してるんだ。
「俺が虐めているみたいな言い方はやめてくれないか? この場を治めるにはロージスくんがそこの共存派を殺すのが一番いいだろう? 共存派を守るような団員がいては王国に顔向けができないからな」
「それは、その」
ローレンスを説得しようとしたプランシーは彼の言葉に怯んで二の句が継げないでいた。
プランシーは俺のためを思っているのか、ケバルライを殺すことを躊躇っているのか分からないが、この場を丸くおさめようとしてくれていた。
どうにかプランシーの援護ができればケバルライを殺さずに済むかもしれない。犯罪者として捕まったとしても、生きていさえいれば――。
「それなら私が……私がこの子を殺します」
その目は誰の顔を見ていない。
地面を見ながら、自分に言い聞かせるようにプランシーは呟いた。
その声は俺の耳にも届き、信じられない内容に驚きを隠せない。
「プ、プランシー? 嘘だよな? お前は人を殺せないって……」
「私は人を殺したくありませんでした。でも、貴方の為に私はケバルライさんを殺します。恨んでくれて良いですよ。ロージスくんの友人を殺したのはロージスくんではありません。私、プランシー・マーベルです」
その覚悟はなんだ。俺のために人を殺すなんて言わないでくれ。プランシーがそう言ってしまえば、ケバルライを守れなかった俺が惨めで無能になってしまう。
殺しをしたくない人間に全てを押し付けて、被害者になることはしたくない。
俺はただ、ケバルライという一人の女の子を助けたいだけなのだ。彼女を殺されたくはないし、殺したくもない。なんでそんな簡単に人の命を奪うようなことが出来るんだ。
「やめろ……。プランシーまでそっち側に行かないでくれ……」
人を殺さないプランシーだから俺は剣の教えを乞うたのだ。人を殺さずに任務をこなすことを一つの指針としていたプランシーが人を殺してしまえば、間違いなく彼女のなかに変化が訪れる。
人を殺したことのある俺だから分かるが、優しいプランシーが罪の意識から逃れられるとは思わない。
「弟子のためにそこまでやるなんてすごいっすね、お姉さん」
殺されるというのにケバルライはニヤニヤと笑いながらプランシーを挑発していた。
「ごめんなさい。貴方のことは生涯忘れないと誓いましょう」
棒立ちのまま動かないケバルライに向かって、プランシーはゆっくりと歩み寄りながら腰に携えていた剣を引き抜いた。
日の光を反射するほど丁寧に手入れをされた剣は皮膚を一撫ですれば簡単に切り裂けるほどの凶器となっている。普段使っている木剣とは違い、人を殺すための道具。
ケバルライに差し向けられたプランシーの剣は微かに震えている。
「私は死ぬから覚えていられないっす」
揺れ動く剣先を見つめながらも軽い調子で返したケバルライ。
唇を噛み締めて苦い顔をするプランシーと嘲笑う笑みを浮かべるプランシーではどちらが殺されるか分からなくなってしまう。
「待てよ! 俺以外で話を進めんな! プランシーもケバルライも死ぬ死なないの話はしなくていいだろ! 逃げよう。な? 俺が何とかするから」
俺は一人で上京の行く末を見守るしかなかった。何故か身体は動かず、声を発することしかできない。俺が何かをしなくても、上演時間は進んでしまう。着々と終わりの時間は近づいており、演者達はフィナーレに向かって歩き始めていた。
俺だけが未だに一人で踊っている。
俺の必死な嘆きは守護団の人間からすれば酷く低俗で、恥知らずに見えているだろう。プランシーに殺させず、ケバルライが殺されない方法は逃げるしかなかった。
俺ならどうにかできると信じるしかない。
「何とか出来ないからこうなってるんすよ。この場で一番役に立っていないのはロージスさんっす。貴方は既にこの舞台から降りているっす。今更舞台に上がろうなんて――許されないっすよ」
現実は非情で、覚悟の決まった二人と、未だに揺れ動いている俺では見えている結末が違った。
何とかなるだろうと妄想をする俺。
死の結果が決まっているケバルライ。
殺す事を決意したプランシー。
俺の声は誰にも届かない。
「それじゃお姉さん。私のことを殺していいっすよ」
ケバルライは着ていたシャツの首元を伸ばして、プランシーに首を差し出す。傷ひとつない綺麗な肌は、戦闘に身を投じたことのないただの女学生。
「はあ……はあ……。練習通り、練習通りに剣を振るうだけ」
差し出された首を見て、プランシー剣の震えが大きくなっている。震える小さな声で呪文のように自分に言い聞かせていた。
「痛いのはやめてくださいっす。死ぬ覚悟は出来ていても痛みを感じる覚悟は出来ていないんで」
なんでケバルライはそんなに飄々としていられるんだ。
これから首を落とされて死ぬっていうだぞ。生きていれば楽しいことも沢山あるし、今ここで反抗もせずに殺される理由なんてひとつもない。王国だって一人くらいは見逃してくれるかもしれない。
微かな希望を全て諦めて死に急ぐ理由が俺にはわからない。




