モジュール
「……暗い」
次に目を覚ました時、希望していた景色は無かった。しかし、予想していた景色も無かった。
拝むはずだったどちらかの天井、そのどれでもない真っ黒な何かが、視界の少し先を覆っている。
「ん~……?」
その中で、暗闇に慣れた目が捉えたのは、二つの赤いバツ印のような物。恐らくレヴィの鉄片だが、ぼんやりとしか見えないため確証はできない。
バベルはのっそりとした動きでその鉄片を押した。寝ぼけた頭では単純な思考しかできず、警戒することなく簡単に実行してしまう。
「おぉ? おわぁ。ああぁっ!」
金属のすれる音と共に、視界が徐々に晴れる。同時に激しい振動がバベルを襲い、気づくと体が宙を舞っていた。
突然のことで受け身をとる余裕なんてなく、全身でべちゃりと落下する。
「ヴェッ……」
「――あ、生きてた」
「――無事だったか。いや……、無事か?」
「う~ん……?」
ルークとファルナの声。ずるずると体を纏め、鈍い動きで辺りを確認した。
目の前にあるのは、リビングの端に置かれたハンモック。昨日、ファルナが「数回使って飽きた」と言って貸してくれたものである。
今までバベルはこれで寝ていて、たった今弾き飛ばされた。
振り向くと、そこにはソファーの上で前のめりになりながら心配するルークと、目だけ向けてインスタント麺をすするファルナの姿。
「あぁ、二人とも……。おはようございます……」
――ひとまず、『寝て起きたら元の世界に帰れている』なんてことは起きなかった。昨日に続き、ここは彼らののアジト、バベルはこの場所で二日目を迎えたのだ。
そこまでの驚きはない、今あるのは率直な疑問だけ。
「……なんか今俺飛んでなかった?」
「飛んでたな。大丈夫か色々? お前、さっきまでレヴィに覆われてたぞ?」
どうやら目先だけでなく、レヴィの針金は全身に及んでいたようだ。
「レヴィに……? 確かに暗かったね。なんともないけど……」
ふとバベルが鉄片に目をやると、そこに刻まれたバツ印が先程よりも赤みを帯び、発光が強まっていることに気づいた。
それを見て脳裏によぎったのは、初めてレヴィの鉄片に触れた時のこと――。あの時も、鉄片に触れた直後に針金は収束し、それが終わるとバツ印は光り始めた。
自然と、鉄片に触れるという行為がレヴィにとって『起動』にあたるのでは、という発想に至る。
「……触ったからかな?」
「まぁ大丈夫ならいい。何か食べるか? というか食べろ、1時間後に出発するぞ」
寝ぼけた頭のまま、何やら突然切り出されたバベル。すぐに記憶を辿ったが、今日どこかに行くなんて話は聞かされていない。
言い方からして、同行は既に決まった事。まさか、元の世界に帰る方法を見つけてくれたのか、そんな淡い期待を抱いたものの――
「え……、どこに? あ、もしかしてなんかわかったの? 俺帰れる?」
「いや……、関係ない」
「トルニが宿代払えだって」
やすやすと否定された挙句、出てくるとは思わなかった言葉が出てくる。
「――宿代」
詳しく聞き返したりはせず、ただぽつりとオウム返し。
その後、何もわからないまま朝食を貪り、何もわからないまま1時間が経過した。
こうして――、バベルは朝から日の元に引きずり出されたのである。
「――で、何をすれば?」
気づいた頃には、瓦礫と化したビルの跡地のような場所に来ていた。
「簡単だ」
アジトから車で約5分の少し開けた場所。多種多様な残骸が転がっており、クローラーと思われる色味の金属もチラホラ確認できる。
「バベルには、この辺りに散らばっている……であろう、モジュールの残骸を探してほしい。正確には、モジュールを持ったクローラーの残骸だな」
「……モジュールって死ななくて済む奴だっけ?」
「それはファルナが持ってるモジュールに限った話だ。効果はものによって異なる。モジュールは、超常現象を引き起こす装置や物質の総称。くだらない物から恐ろしいものまで、色々あるぞ」
「炎出したりワープしたり?」
「その二つはどちらも確認されてるな」
「おお」
かなりファンタジーに寄った話だが、この世界ならあり得る。
欠片も疑うことなく、バベルは早速想像を膨らませた。子供の頃に描いた夢が、夢で終わらないと言われているようなもの。
場合によっては、今抱えている問題を全て解決する『世界や時空を渡るモジュール』だってあるかもしれない。
「クローラーが稀に持ってて、倒して奪うのが基本だ。ここにいた奴は『物質を増幅させる」モジュールを持っていた。ぜひ欲しいと思ったんだが、ちょっと派手にやりすぎてな……」
「私がね――」
そう言うファルナは、申し訳なさそうな声色をしつつも、なぜかポンチョの下で誇らしげに腕を組んでいた。
佇む彼女をよそに、ルークは続ける。
「ここのクローラーはとにかくでかかった。自分自身を増幅させてたんだ。俺も頑張ったが、どうにも倒せそうになくて――しびれを切らしたファルナが、モジュールごとクローラーを破壊してしまった」
「ええ……」
「モジュールが備わったクローラーは、同時にモジュール部分が弱点になる。人間でいう脳や心臓。破壊すればモジュールが手に入らない代わりに、その時点で討伐することが出来るんだ」
「考えなしにやったとは思わないでほしいね、あの状況じゃ狙うしかなかったし。それに聞け、バベル。このようなパターンで倒してしまった場合でも、可能性は潰えていない。なんと、散らばった残骸を集めて、うまい具合に組み替えればモジュールが復活する……! ことがある……。ので、探すの手伝ってって話。宿代払うと思ってがんばれ」
バベルは一瞬、それだけでいいのかと口を開きかけたが、自ら仕事増やすような真似はしない。やるべきことは思っていたよりもずっと単純だった。
要するにこの瓦礫で作られた大地の中から、特定の残骸を見つけろ――とのこと。
「ああ、はい」
彼が子ども時代、血眼になって楽しんだ四葉のクローバー探しと何ら変わらない。これだけで宿代を払ったことになるなら願ったり叶ったり。
当然了承した。
「まぁそういうことだ。見本は無いが……多分見ればわかる。なるべく複雑そうな物を持ってきてくれ、復元できる可能性が上がるからな」
「分かった。任せて」
純粋な恩返しの気持ちもあれば、あのアジトにもうしばらく居座りたいという気持ちもある。
濁った動機を糧にバベルは気合を入れ、目を凝らしながら地面とのにらめっこを始めた。
「――あ。そういえば……。ねぇ、この辺りってクローラーいないの?」
「辺り一帯俺たちのナワバリだ。心配ない」
この場所独自のルール。詳しい仕組みについては聞けていないものの、実際、彼らのナワバリ内で引き起こされるのは基本的に人間由来の危機のみ。
レヴィを除けば、ナワバリの範囲内で動いているクローラーは今のところ未確認だ。
「それは安心……」
もう少し警戒すべきなのかもしれないが、ルークの言葉を聞いたバベルは安心しきっていた。
一度逃げ切ったという成功体験が邪魔をしているのか、そもそも天蓋の中で本来抱くべき危機感を理解していないのか。
とにかく、安全を確信するハードルが恐ろしく低い。
――だからこそ、今日の出来事は本当にいい教訓になるだろう。それか、さらなる自信を得ることになる。
二人とバベルの距離が離れた瞬間、瓦礫地帯の端から何かが発生した。
「なんだ……? ――っ!? バベル!!」
最初に異常に気づいたのはルークだった。
一瞬とも呼べる合間だったにもかかわらず、彼は最善を考え、車に積んでいたとあるナップサックをバベルに向かって投げつける。
「ん? 痛ぁっ!?」
振り向いたタイミングで顔にヒットし、バベルは鼻から伝う痛みに涙腺を刺激された。
「いてて……。な、なぜ……、なぜこんな――」
なぜこんなことを――、そう聞くまでもなく、目の前に広がる光景が現状を告げている。
バベルは目を疑った後に、ルークの言葉を疑った。安全だと思っていたのに、イレギュラーは起きないと思っていたのに。
突如として、彼の眼前に巨大な氷壁が現れたのだ。




