65. 姫君たちのプラハ 中編
「修道院って聞いてたけど、想像してたのと違うわ」
「アマーリアもそう思う?」
「お姉様も?」
「ええ。ここの女性たちが着ているのは、地味な服だけど修道服ではないし。それに何かこう、もっと堅苦しい場所だと思っていたもの」
テレーズも、二人と同じ感想を抱いた。
ここはテレジアン貴婦人院という。修道院ではない。
女性たちが共同生活を送る場所ではあるが、彼女たちもまた修道女ではない。
居住者はみな名家出身の未婚女性で、さまざまな事情から親族を頼れず、この館で暮らしているという。
彼女たちの装いに華美さがない。マリア・アンナも院長として範を垂れているようで、コートの下は地味な服を着ていた。
貴婦人院での共同生活には、装い以外にも、さまざまな決まり事がある。
未婚女性としての品位を保ちながら、居住者が共に暮らしていくためのルールだと、マリア・アンナから説明された。
テレーズたちは一時滞在なので、貴婦人院のルールに従う必要はない。それでも守らなければならないことがある。
居住者に迷惑をかけないこと。
そして、プラハ城の敷地から出ないこと。もしプラハにまで危険が迫った場合、みなで一ヶ所に固まっている方が安全だからだ。
ウィーンから来た一行が使う部屋を確保するため、居住者に無理を言って、部屋をいくつか貸してもらった。
テレーズとクレメンティーネ、アマーリアは、それぞれ個人の部屋を確保できた。ココを部屋に泊まらせる許可も得られた。
ウィーンで使っていた部屋に比べて、手狭な個人の部屋。ただテレーズがそう感じたのは、心理的なことが影響していたのかもしれない。
常に行動を共にしているクレメンティーネとアマーリアを見ながら、少し疎外感を覚えていたのだ。
ある昼下がり、テレーズはココの散歩をしていた。
歩く範囲は敷地内、門より外には出ない。女官が付いてくるのはプラハでも同じだ。
すると、マリア・アンナの姿を見つけた。
こちらに歩いてくる彼女。今日もコートを着ている。
厚着をしているのは健康上の理由なのだと、先日クレメンティーネがこっそり教えてくれた。
「テレーズさん、ここでの生活は不便ではない?」
マリア・アンナはドイツ語だけでなく、フランス語も流暢に話す。
その心遣いに甘えて、テレーズも母国語に戻した。
「いいえ。こちらこそ、貴婦人院の方々には感謝するばかりです。大人数で押しかけただけでなく、この子まで連れてきてしまったのに、いろいろとご配慮いただいて」
この子とは、ココのこと。
「困ったときはお互い様よ。それに、きちんとしつけが出来ているワンちゃんだって、みんな感心しているわ」
マリア・アンナはココに微笑みかけると、また顔を上げた。
「そうだわ。妹たちは騒がしくない?」
「……い、いいえ、大丈夫です」
建前の返事をした。正直には答えづらい。
こちらの本音を察したのか否か、マリア・アンナはくすりと笑う。
彼女はこれから執務室に戻るという。テレーズも途中まで一緒に行くことにした。
「私が妹たちと会うのは数年ぶりになるの。最後に会った時と比べて、二人とも大きくなったけれど、雰囲気は変わってないわ。ああでも、クレメンティーネは落ち着きのある子になったかしら」
「クレメンティーネさんとアマーリアさんは、とても仲がいいですね」
「私たちの家族は男兄弟ばかりでね。歳が近い姉妹はお互いしかいなかったから、二人は小さい頃から何をするにも一緒だったみたい」
「マリア・アンナさんには、歳の近い姉妹はいないのですか?」
「三歳上の姉がいて、姉とはよく一緒に遊んだわ。でも何年も前に嫁いでしまって、それきり会っていないの。今では、未婚の兄弟姉妹は私が最年長よ」
話を聞きながら、テレーズは改めて思った。
女として生まれたからには、いずれ結婚する。
とりわけ君主の娘ともなれば、他国の王族と娶せることを前提に育てられるはずだ。
マリア・アンナの場合、婚期を過ぎた自分をよそに、七歳下の妹クレメンティーネが結婚してしまう。
そのことを、当のマリア・アンナはどう思っているのだろうか。
「安心したわ」
突然言われたことに、テレーズは何のことかと聞き返した。
「初めて会った時、あなたの様子が少しおかしかったから、ここに来るのが嫌だったのかもしれないって不安だったの。でもそれは違うんだって、今話をして分かったわ」
テレーズは思わず立ち止まった。
忘れかけていた、初日の失態。
やはりマリア・アンナに嫌な思いをさせてしまったようだ。
あの時の無礼について、テレーズは改めて丁重に詫びた。
対するマリア・アンナは、
「大丈夫よ。ここへ来るまで、テレーズさんにはいろいろなことがあったでしょう。それは話に聞いているから」
テレーズが突然不機嫌になったのは、フランスで起こったことが原因だと思っているようだ。
確かに無関係ではない。
直接的な原因は皇妃にあるのだが、あえて訂正しない。皇妃は、マリア・アンナにとっての義姉でもあるのだ。
それはそれとして、テレーズはマリア・アンナともっと話がしたいと思った。今まで誤解をさせていたぶん、親睦を深めたい。
明日なら時間をとれると言われたので、彼女の部屋に行く約束をした。
翌日。
テレーズはマリア・アンナの部屋に行き、テレジアン貴婦人院について詳しい話を聞いた。
テレジアンとは、マリア・テレジアにちなんだ名称。名前のとおり、設立者はテレーズたちの祖母。
設立されたのは一七五五年。
今自分たちがいる館は、貴婦人院の建物として使用するために改装されたものだという。
その設立理念は、名家の未婚女性を貧困から守ること。
ただし、この場合の貧困とは、衣食住に事欠くほどの貧しさとはまた違う。
女性というのは、結婚して夫に養われるものだが、すべての女性が嫁ぎ先を見つけられるわけではない。
由緒ある貴族の家でありながら、経済的に余裕がなく、持参金を用意できない。出産に適さない体だと見なされた、といった理由で。
結婚できなかった女性は、老いても実家の親族を頼って生きるしかない。
裕福な家であれば、女性が独り身のままでも、そこまで困らない。
だが経済的に余裕がないと、そうもいかず、親族から厄介者扱いされることも多い。
本人の意思によらず、修道院に入れさせられる場合もある。
貧困により生じるさまざまな不幸から、名家の未婚女性を守る。本来の身分にふさわしい生活の場を貴婦人院が提供している。
本来の身分にふさわしい生活とは、贅沢さをひけらかし、色恋にうつつを抜かすことではない。
そもそもこうした生き方は、神の教えが良しとする女性像と相容れないのだ。
「初代院長は、私たちの伯母にあたるマリア・アンナ様。名前が同じだからよく間違えられるけれど、私は二代目の院長よ」
テレーズの母には姉が何人もいたが、未婚のままだった姉が二人いた。
年かさの姉が、今話に出てきた初代院長だ。
「伯母様はいわゆる名誉職だったの。プラハよりもクラーゲンフルトに特別な思い入れがあったらしくて、帝都の宮廷を離れてからは、同地で過ごされたと話に聞いているわ」
クラーゲンフルトは、ウィーンより南西にある。
「時々こう思うの。伯母様にとってのクラーゲンフルトが、私にとってのプラハなんだろうって」
マリア・アンナは窓の方へ顔を向ける。
その先に広がっているのは、高台から見える赤橙色。
「私は子供の頃から体が弱くて、結婚は難しいんじゃないかって言われていたの」
「そんな……」
決めつけられていたのだろうか。だとしたら、ひどい話だ。テレーズは心の中で文句を言った。
こちらの気持ちがマリア・アンナに伝わったのか、彼女はテレーズのことをなだめるように話を続ける。
「結婚したら子供を産まないといけないでしょう。出産というのは、とても体力が要ることなの。それに、私たちのような身分の女性は、未来の君主を産まないといけない。丈夫な世継ぎをもうけるには、母親も丈夫でないといけないわ」
確かに、そのとおりだ。
いたしかたない事情で結婚できなかった女性というのは、女性としては少数派であっても、きっと古今東西ごまんといるのだ。
フランス王家にも、未婚のままだった女性が何人もいた。
すぐ思い浮かぶのはエリザベート。またテレーズの大叔母にあたる、ルイ十五世の王女たちも。
彼女たちは、みな王族。貧困とは無縁だったからこそ、今聞いた話に当てはまらない幸運な例外だったのかもしれない。
「クレメンティーネの結婚が決まった頃、貴婦人院の院長になる話を、両親から持ちかけられたの。今だから言えるけれど、お父様もお母様も結婚できない娘をお払い箱にしたいだけなんじゃないかって、両親のことを恨めしく思った時期もあったわ」
でも、とマリア・アンナは続ける。
「そうした気持ちを振り払うことが出来たのも、プラハに来たおかげ。私にとって、ここプラハは第二の故郷なの」
穏やかと、だがはっきりとした口調で語る。その姿は、本心を偽り強がっているものには見えなかった。
それからほどなくして、急ぎの知らせが届いた。
休戦協定が締結され、敵軍による侵攻の危機は遠のいた。帝都に戻れるのだと。
急使が持ってきた知らせは、もうひとつあった。
「やっとお姉様がナポリに行けるのね!」
帝都に戻ってすぐクレメンティーネの代理結婚が執り行われる。誰よりも喜ぶ姿を見せたのは、アマーリアだった。
アマーリアに限らず、帝都から来た一行は、みな知らせを喜んでいた。
ただテレーズに限っては、素直に喜べなかった。
プラハを離れるのが名残惜しいのだ。
せっかく親しくなったマリア・アンナと別れなくてはならない。また、ここは静かで落ち着きがある。何より皇妃がいない。
振り返ってみれば、帝都より居心地のいい場所だった。
知らせが来たその日のうちに、一行は各々帰り支度を始めた。明日の朝、帰りの馬車に乗る。
テレーズも自分の部屋に戻り、私物をまとめ始めた。
そういえば、アマーリアが慣れない環境で体調を崩さないか心配されていたが、大きな問題は起こらなかった。
クレメンティーネがいつも付き添っていただけでなく、マリア・アンナもさまざまな配慮をしていたらしい。そのおかげなのだろう。
そこへ、今まさに考えていた人物が姿を見せた。アマーリア一人だけだ。
「クレメンティーネさんは?」
「アンナお姉様とお話し中。私は先に戻ってきたの」
テレーズの足元にいたココが、アマーリアの方へ歩いていく。
彼女はその場で身を屈め、いつものようにココを撫でた。
「お姉様たちの姿を見てたら、自分だけ子供みたいって思ったわ」
「そういえば、マリア・アンナさんが言ってたわ。クレメンティーネさんは前と比べて、落ち着きのある子になったって」
「私だけ落ち着きがないって意味かしら」
アマーリアが立ち上がり、部屋にあった寝台に腰かけた。何やらふくれっ面をしているが、すねているのだろうか。
「明るくて元気って意味よ」
なだめるつもりで、テレーズは言った。
ところが、
「元気、ね……」
アマーリアは意味深につぶやき、うつむく。
「私は、お姉様たちのようにはなれないわ」
どういうことかとテレーズが聞き返すより先に、彼女は続けた。
「社交の場に出ても、すぐに疲れる。そうしなくても、一年のうちに何度も寝込む。こんな体じゃあ、どれだけ家柄が良くても、嫁ぎ先なんて見つからない。かといって頭が良くもないから、アンナお姉様のようにもなれないもの」
気落ちしたように話す。自身の将来を悲観しているのだろうか。テレーズの前で、アマーリアがこうした姿を見せるのは初めてだ。
考えてみれば、テレーズがなだめるつもりで言った「元気」という言葉は、適切ではなかったかもしれない。
現にアマーリアは、体調を崩しては、たびたび寝込んでいる。
こちらから、どんな慰めの言葉をかければいいだろう。テレーズのドイツ語がもっと上手ければ、すぐ思いつくかもしれないのに。
「私ね、子供の頃から、ずっと憧れてることがあるの」
話しながら、アマーリアは天を仰ぐように上を向く。
「政略とか家柄とか持参金とか関係なく、マリア・アマーリアという、ただ一人のことを好きになってくれる。そんな運命の男性と出会って、恋をして、結婚したいの」
テレーズは思った。
そんなことが出来る女性は、ほんの一握りだと。
「素敵な夢ね」
今思ったことは言葉にしない。アマーリアの夢を壊せない。
彼女の隣に、テレーズも腰を下ろした。
「アマーリアさんが強く願っていれば、きっと叶うわ」
「私もなれるかしら。おばあ様や、クリスティーナ伯母様のように」
クリスティーナとは、自分たちの共通の伯母。彼女もまた恋愛結婚が叶った女性として知られている。
聞き返されたことに、肯定する以外の返事があるだろうか。
テレーズが笑ってうなずけば、アマーリアは顔をほころばせた。その表情からは、もう寂しそうな様子は消えていた。
【65. 姫君たちのプラハ 中編】
≪テレジアン貴婦人院について≫
参考文献で挙げた『Tereziánský ústav šlechtičen na Pražském hradě』を元にしてます。
プラハの観光スポットであるプラハ城の中に、ロジュンベルク宮殿という建物があります。そこに貴婦人院がありました。
≪↑の補足≫
作中では書いてませんが、プラハに貴婦人院が出来た後、インスブルックに姉妹院が出来ました。
主人公はパリからウィーンへの道中で、母方の伯母マリア・エリーザベトと会っています(第52話解説より)。
彼女はインスブルックの貴婦人院で、院長を務めていました。
≪さらに補足≫
母方の別の伯母マリア・クリスティーナ。
子供がいなかった彼女は、カール大公を養子に迎えていました。その点は作中で言及していません。
≪修道院の話が出てきたので≫
女性が修道院に入ることは、多くの宮廷人の目には良いふうに映りませんでした。
というのも、
「身分の高い裕福な男性と結婚することが、女にとっての幸せ」
と考えられていたので、
「贅沢することはおろか着飾ることも、恋をすること(※)も許されなくなった、気の毒な女性たち」
というのが、修道女に対するイメージだったようです。
なお(※)に関しては、のちほど詳しく書きます。
フランスの話になりますが、ルイ十五世には娘が何人もいました。そのうちの一人、末の王女は、自分の意思で修道院に入りました。
彼女の決断は、父王だけでなく当時のフランス宮廷の人々をも驚かせました。
「なんで修道院に!? ヴェルサイユにいた方が良い暮らしができるのに」
というのが人々の反応。
末の王女は、純粋な信仰心から修道女になったようですが、作中でも書いたとおり、本人の意思とは関係なく修道院に入れさせられる女性もいました。
そうした社会背景もあって「修道女イコール気の毒な女性」という目で見られていたのかもしれません。




