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27. 虐殺 前編

 ルイ十六世は、ムードンで狩猟をしていた。


 長男が息を引き取った離宮は、この近くにある。

 我が子の亡くなった場所で殺生をすることにはなるが、この場所を選んだのは、長男へと思いを馳せたくなったからだ。


 一日じゅう外に出ていられるほど、まだ健康だった頃、妻や娘たちと共に狩猟へ連れていったことがあった。


 狩猟というのは、銃の音、鳥獣を駆り立てる人夫の掛け声、動物の死体がつきもの。そのため、怖気づく子供は少なくないという。

 だが長男は怖がるどころか、馬上の男たちの姿を興味深そうに眺めては、


『ぼくも、おうまさんにのりたい!』


 こう言っていた。


 楽しかった頃の思い出。意識をそこに向けているときだけは、王は現実を忘れていられた。


 王権が侵食されている。

 それくらいのことは、とうの以前から自覚している。

 目に見える形で切り崩されているだけではない。議会からヴェルサイユにやって来る代表者たちは、王を軽んじる態度をもはや隠そうとしない。


 王は葛藤していた。

 三ヶ月前、末弟にそうさせたように、宮廷もヴェルサイユを離れるべきか。パリから遠い場所へ行くべきか。


 現に妻はそうしたがっている。王もまた妻には、そうしてほしいと思っている。

 ところが妻は、夫婦と子供たちが一緒でなければならないと頑なだった。


『私と子供たちは離れられない。でも子供たちは、あなたとも離れられないわ。とりわけテレーズは。あなたから引き離そうものなら、あの子はきっと私のことを恨むでしょうね』

『アングレーム公のいるところに行くと、説明すればいいだろう』

『馬鹿ね』


 妻が苦笑する。以前に比べ、目や口周りに皺が増えた。


『誰が何を言おうと、子供たちにとっての父親は、あなたなのよ』

『トワネット……』

『私と子供たちだけで行くとしても、まだ幼いシャルルはともかく、テレーズやティニの目はごまかせないわ。あの子たちは年齢以上に敏い子よ』

『よく知っているんだな』

『当たり前でしょう。私は母親なんだから』


 赤字夫人だのあばずれ(シェンヌ)だの言われようとも、彼女は王妃である以前に、子供たちのことを愛する母親なのだ。


 ヴェルサイユから遠く離れるか否か。

 王が決めかねているのは、懸念があるからだ。


 この国の宮廷が、革命の拠点たるパリから離れてしまえば、フランスはどうなるか。


 宮廷とパリとの間で引き裂かれる。

 パリでは、オルレアン公が新たな王となるだろう。


 ひとつの王国に、二人の王は共存できない。

 フランスは、そのまま内戦に陥る。


 内戦は、国と国との戦争とは違う。兵士も民間人も関係なく、フランス人同士が殺し合い、国土がその血で染まる。

 それこそ、ルイ十六世が最も望んでいないことだった。


 亡き長男の思い出に浸っていたはずが、いつの間にか、国の問題へと意識が向いていた。

 まだ昼だというのに、目の前には光が見えず、闇が広がっているかのようだ。

 馬に乗って風を切り、獲物を追っているときだけは、葛藤や苦悶を忘れることが出来た。


 そこへ、急な知らせが入った。


「陛下、武装したパリの暴徒がヴェルサイユに向かっているとのことです」


 頭が真っ白になった。

 この目で見ていない光景が脳裏に浮かんだ。


 暴徒は、三ヶ月前にやって来た群衆とは違う。きっと口々に叫んでいる。


 敵国女(オートリシェンヌ)を殺せ、と。


「一番の屈強な馬を用意しろ」


 真っ先に命じた。


「かしこまりました。馬車を」

「馬車では遅い。馬に乗っていく」


 従者が馬を連れてきた。王は手綱をひったくるようにして掴み、その背に飛び乗った。

 供の者が出発の準備を整えるまで、待っていられない。

 お待ちください、という制止の声を無視し、馬を走らせた。


 森を抜け、開けた場所に出て、人通りが多い道を駆ける。

 視界の端に見える、通行人の驚く顔。

 慌てて道の端に避ける者。すんでのところで避けたが、勢い余って地面に倒れる者。危ないだろうが、と怒鳴る声も聞こえた。


 王にとって今、それらはすべてどうでもいい。


「そこを退け!」


 こんなふうに声を荒らげたのは、生まれて初めてだった。




■■■




 庭園から戻ったテレーズたちは、母と昼食を食べていた。


 そこへ、父と叔母エリザベートが来た。二人がそろってプチ・トリアノンに来るのは珍しい。

 二人とも、いつもと様子が違う。何やら深刻そうな面持ちで、落ち着きがない。


 母もまた青ざめた顔になる。


 テレーズたちを残し、大人三人は部屋から出ていった。


 また物騒なことが起こったのだろうか。

 そう思ったのはテレーズだけでなく、親友と弟も同じなのだと、互いに見合わせた顔で分かった。


 ほどなくして、大人たちが戻ってきた。


「ヴェルサイユ宮殿に行くわ。急いで支度をしなさい」


 見たこともないような緊迫した様子で、母は言った。




【27. 虐殺 前編】


≪補足≫

 「子はかすがい」という言葉がありますが、作者の中での、パパ王とママ王妃のイメージです。


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