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12. 身勝手なのは

「"我々のものを勝手に利用して"? はて、仰る意味が分かりかねるのですが?」


 最後にわずかに微笑んで見せると、ワイラー司教はさらに耳まで真っ赤にして怒鳴り声をあげた。


「そなたは墓守りを使って金を儲けただろう! 墓守りも霊園も神殿のものだ! 余所者に勝手に商売道具にされては困るんだよ!」


 ワイラー司教が今度は平手でバンとテーブルを叩く。その衝撃でティーセットがガチャンと音を立て、カップの中の紅茶が揺れた。


「若ければ何をしても許されると思ったら大間違いだ。我々を敵に回したくなければ、それなりの誠意を示してもらおう」

「えっと、誠意と言われましても……。作家先生のサイン本でもお送りすればよろしいですか?」

「だから本は要らん! 墓守りを使って儲けた金を寄越せと言っているんだ!」

「あら、そういうことでしたか。でも司教様、それって恐喝ですよね」

「は……恐喝?」


 ワイラー司教が怪訝な面持ちで私を見る。


「ええ、『金を寄越せ』だなんて立派な恐喝です。目の前で本を叩きつけて威嚇されましたし、『愚か者』と罵倒もされました」

「な、な、何を言っているんだ。恐喝だなんてそんな……」


 ワイラー司教の顔が色を失い、声のトーンも一気に下がる。


「神殿の方々は俗世のことに疎いところがおありかもしれませんが、一般社会には裁判所という場所がありまして、誰でも裁判を起こすことができるんです。訴えられた相手は身分に関係なく、必ず出廷しなければなりません。聖職に就いている方も例外なく」

「さ、裁判だって……?」

「ええ。そういえば私の知り合いに、とても優秀な弁護士がいるんです。何かあったときはその方に依頼しようと思っているのですが」

「は……? まさかわしを訴えようとでもいうのか!? 馬鹿げている!」


 青褪めていたワイラー司教の顔が再び真っ赤に染まる。


「そもそも、先に勝手なことをしたのはそなたではないか! 盗人猛々しいとはまさにこのことだ!」

「勝手なこととは何でしょうか? 身に覚えがございませんね」

「こんの小娘が……! 墓守りを使って商売をするなら、我々に話を通す必要があると言っているだろう!? あの霊園も墓守りもこのアークライト小神殿の管轄だ! 勝手なことは許されない!」

「先ほどから勝手は許されないと仰っていますが、私は勝手なことなど一切しておりませんよ。まず、ハーシェル一家への服飾品の贈り物は平民の生活保護を目的とした支援であり、一家庭に対する私的な寄附ですから神殿への報告対象には当たりません。一方、霊園の改装については、クレイグさんが今月分の報告書にしっかり記載しているはずです」

「し、しかし、小説の販売は……!」

「小説についても、主人公の職業はたしかに墓守りをイメージしていますが、実在する職業をモチーフにした小説なんて世の中に五万とあります。どれもいちいち許可など取っていないはずですが、なぜ墓守りだけ例外になるのでしょう?」

「ぐ……。だ、だが、売上を墓守り一家が独占するのは間違っている!」

「いいえ、正当な権利です。司教様ご自身がそれを認めたのですよ?」

「は……? わしが?」


 私は一枚の古びた紙を机に広げる。

 それを見たワイラー司教の目が大きく見開かれた。


「これは……」

「司教様直筆の契約変更通知です。書かれている内容を読み上げますね。──『アビントン霊園の管理者ハーシェル一家との契約を雇用契約から業務委託契約に変更する』。これが適切な手続きかどうかはさておき、ハーシェル一家は現在フリーランスの立場ですから、墓守り業務以外の仕事で稼いだって全く問題ないのです。当然、その利益を司教様にお渡しする義務もありません」

「な、な……」


 ワイラー司教の口がパクパクと開閉する。


「はあ、司教様ともあろう方がこんなことをなさるなんて、まったく呆れてしまいますね」


 私は以前、クレイグさんにインタビューした内容を思い返した。ハーシェル一家のコンサルを始めるにあたって教えてもらった昔話だ。



***



 約20年前、ハーシェル夫妻が初めての子供を授かったばかりの頃。クレイグさんは我が子の誕生を心待ちにしながらも、一方では今後の生活への不安も抱えていた。


 今受け取っている給金では、この先増える家族を養っていけないのではないかという懸念があったからだ。


 昔と比べて物価は上がっているのに、墓守りの給金は何十年も前から変わっていない。このままでは妻と子供を飢えさせてしまうことになる。


 クレイグさんは意を決して、アビントン霊園の管轄者だった司祭ワイラーに給金の見直しを直訴することにした。


 しかし……。


「神聖な仕事に就いていながら金の話とは汚らわしい!」


 クレイグさんの要望は一刀両断にされてしまった。


「ですが、今の給金では家族を養えません! 街にあるどの店の賃金より少ないんです。どうか再考をお願いします……!」

「愚か者め! 金銭には代えられない仕事をしているという誇りはないのか!」

「先祖代々、誇りを持って仕事をしています。昨今では墓守りが蔑まれるような風潮もありますが、それでもこの仕事を途絶えさせるつもりはありません。ですが、それも最低限の生活を保てるという前提があってのこと。どうかご理解をお願いいたします。もうすぐ子供も生まれるんです……!」


 何度も頭を下げ、必死になって頼み込んだ。

 しかしワイラーが首を縦に振ることはなかった。

 それどころか、気分を害したと言って解雇をチラつかせてきた。クレイグさんは職を失うかもしれない恐怖に固まってしまった。


「も、申し訳ございません……解雇だけはどうか……!」

「今更謝っても遅いわ」

「私が間違っておりました……! この通りお詫び申し上げます! これからは何でもいたしますので、何卒お許しください!」

「ふむ……そこまで言うなら仕方ない。解雇だけは考え直してやろう。しかし、今回のことで貴様はわしからの信用を失った。今日から神殿の後ろ盾はないと思え」


 そうして後日送られてきたのが、契約変更通知だった。

 クレイグさんへの事前確認はなく、一方的な通達だった。


 しかも「年俸交渉には応じない」、「契約を解除したい場合は必ず後任者を用意すること」、「本契約は他言無用。違反した場合は年俸10年分の罰金を請求する」など、まるで奴隷契約としか言えないような内容だ。


 しかし、これを拒否したら完全に無職になってしまう。

 すぐにまともな仕事に就けるとも限らない。

 身重の妻がいる状況で、収入源を失うリスクは冒せなかった。


 そうして、クレイグさんは現在に至るまで、低賃金の墓守りの仕事を続けるしかなかったのだった。



***



「繰り返しますが、ハーシェル一家は神殿に雇用されている従業員ではありません。他の手段で収入を得たところで何ら問題なく、あなたには関わりのないことです。それよりも、このような理不尽な契約を勝手に進めたことのほうが問題かと。ですよね、ローナン大司教様(・・・・・・・・)?」

「!?」


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