10. キャラクターのモデル
「ありがとうございます。では、|我が家のグレッグとシンディ《・・・・・・・・・・・・・》にも観に来るよう伝えておきますね」
「あっ……」
まずい。どうやらイライアスさんには登場人物のモデルが誰かしっかりバレていたらしい。ちょっとだけ冷や汗が流れる。
「ほ、ほら、やっぱりモデルがいるとイマジネーションが湧きやすいですから。それに、あらかじめ公式カップルとして認知してもらっておいたほうが、シンシアさんの立場も確立できてよいかなと……」
若干しどろもどろになりながら説明すると、イライアスさんがおかしそうにくすりと笑った。
「たしかに、仰るとおりですね。いろんなご婦人が父に好意的に接していただけるのはありがたいですが、父には大事な伴侶がいることを忘れないでもらいたいですから」
「そ、そうですよね……!」
イライアスさんの理解が得られてよかった。
……でも、同時にもうひとつ心配事が出てきてしまった。
「では人形劇も観ましたし、私たちはそろそろ戻ろうと思います」
「わ、分かりました。馬車でお送りしますね」
◇◇◇
三人で馬車に乗り、ハーシェル邸に向かっているうちに、エディははしゃぎ疲れたのか、いつのまにか眠ってしまっていた。
「家に着くまで起こさないでおきましょう」
イライアスさんがエディをそっと膝枕で寝かせる。
そんな微笑ましい光景を目にしつつ、私は意を決して鞄からある物を取り出した。
「……イライアスさん、こちらをご覧いただけますか?」
「これは……何かの書類ですか?」
分厚い紙の束を手渡されたイライアスさんが、その青い目で不思議そうに書面を見つめる。
「いえ、小説の原稿です」
「小説?」
「はい、実はメディアミックス戦略としてもうひとつ、貴族の女性をターゲットにしたロマンス小説も制作していたんです。前世で恋仲だった聖衛士と貴族令嬢が偶然出会って惹かれあい、身分差という試練を乗り越えて最後には結ばれるという王道のストーリーで……」
私が概要を説明している間に、イライアスさんがパラパラと原稿をめくっていく。彼ならすぐに気づいてしまうだろう。この小説の主人公はイライアスさんをモデルにしているということに──。
「……この主人公の名前、ライアンというんですね。容姿は銀髪に青い瞳ですか。なるほど……」
ほら、気づかれた……!
私は観念して先手で謝る。
「申し訳ありません。私が思い描くロマンス小説の主人公にピッタリだと思ってつい……。不快でしたら名前も容姿も変更しますので」
「今からでも間に合うのですか?」
「はい、大丈夫です。ご要望どおりに変更いたします」
私が深々と頭を下げると、イライアスさんは少し考えるように黙り込んだあと、「では……」と口を開いた。
「主人公はこのままで構いません。代わりに貴族令嬢の名前を変更していただけますか?」
「え……はい、それは構いませんが……。名前のご希望はありますか?」
「ダリアでお願いします。あと、瞳の色もできれば緑色にしていただけると」
イライアスさんが私をじっと見つめながらリクエストする。
「緑色ですか……」
「何か気になることでも?」
「いえ、ただ……ちょっと平凡に思われないか心配といいますか……」
それに、自分の瞳の色と一緒なのがなんとなく気になる。
ダリアという名前も「コーデリア」と語感が似ている感じがするし……と、ここまで考えて気づいた。
(これはイライアスさんの仕返しなのかもしれないわ)
人形劇でも小説でも、勝手にイライアスさんたちをモデルにして、「自分も同じ目に遭ってみろ」ということなのかもしれない。それならば、私はこの修正要望を受け入れるしかない。
「分かりました。すべて対応いたします」
「いいのですか?」
「もちろんです。自分だけ安全圏にいようだなんて、コンサルとして卑怯だったと言わざるを得ません。猛省いたします」
「えっと、そういうことではなかったのですが……」
「? ではどういう──」
「いえ、今回はひとまず要望どおり変更していただければ大丈夫です」
「はい。至急変更して、製本ができあがったらお送りしますね」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
イライアスさんがいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
よかった、どうやらさっきのリクエストで気が済んだみたいだ。
(プラン4は、ちょっとやり過ぎてしまったわね……。これからは気をつけないと)
私は機嫌が直ったらしいイライアスさんの様子に胸を撫で下ろしながら、今後に向けて改めて気を引き締めたのだった。




