第4章: 消したい記憶、探したい記憶
レッド(ソウサイ・レッド/勤務歴2ヶ月)
「……ちょろいな」
ブルー(ソウサイ・ブルー/勤務歴2週間)がアタッシュケースを開く。
中から現れたのは、使い込まれて塗装の剥げたオレンジ色のヘルメット。
表面には極細の西陣織の銀糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、頭頂部には場違いなほど豪奢な銀のティアラが載っている。後頭部からは接続先のないLANケーブルが何本も垂れ下がり、古臭さと最先端技術が無理やり同居していた。
ブルーは眠るセキミの頭へ、ガサリと雑に被せる。
レッド
「では、彼女の脳内で浮気の記憶を相殺できるくらいキラキラした思い出を、探していこうか」
ブルーはヘルメットに一切触れず、三歩下がって両手をアンテナのように掲げる。
ブルー(真剣に)
「……同期開始。現在、微かな波動を受信しています。海馬の奥底から、光の粒子が……」
フミスケ
「……ちょっと、本当に大丈夫ですか? そのやり方で」
レッド(即答)
「大丈夫です」
フミスケ
「いや、全然大丈夫そうに見えないんだけど」
ブルー(眉間にシワを寄せて)
「見た目で判断しないでください。これは京都の伝統工芸と量子生物学の融合なんです」
レッド、ヘルメットの頭頂部をスイカを叩くようにポン、ポンと軽く叩く。
セキミの指先がピクッと反応する。突然、セキミがうっすら目を開け、重い動作で上体を起こす。
セキミ
「……え? 私、何で眠ってたの? っていうか、これ何!?」
セキミはヘルメットを力任せに引き剥がし、床に乱暴に転がす。
レッド(低い真摯な声で)
「これは、素敵な思い出が脳内でキラキラ輝いている、選ばれし者だけが被ることのできる……『至高極上記憶冠ティアラ』です」
セキミ
「はっ? さっきからわたしとフミスケに『キラキラした思い出』がある前提で話してるけど、そんなもの、全然ありませんから!」
その叫びは、自分自身を傷つけるような鋭さがあった。
レッド(面倒そうに鼻を鳴らす、小声で)
「……やかましいな」
レッドがパン!と乾いた音を立てて手を叩く。セキミの首が再びカクンと折れ、深い眠りに落ちる。
レッド
(冷や汗を手の甲で拭い、落ち着きなくテーブルの周りをうろうろと歩き回る)
「いやぁ……! スッゴい勢いで言い返してくるやん! さっきの!」
フミスケ、少し離れた席から、その様子をただ見ていた。
フミスケ
(穏やかな口調で)
「あのぉ……その手を叩くだけで眠らせられる特殊能力があるなら、わざわざ、あの怪しい水飲ませる必要ありました?」
スタッフたちはフミスケの問いなど耳に入っていない。
ブルー
「先輩!」
レッド
「なんだ!」
ブルー
「さっきの『思い出がキラキラしてる人だけが被れる冠』って、マジで何なんすか?」
レッド
(真顔で)
「……テキトーだよ」
ブルー
「えっ!?」
フミスケ
「テキトー!?」
レッド
「今考えた」
ブルー
「今!? ええ……」
ブルー、フミスケの冷ややかな視線に気づき、慌てて咳払いをする。
ブルー
「……冗談は置いといて。先輩、フミスケの浮気を完全にチャラに出来るほどのセキミの思い出、特定できました?」
レッド
「ああ。そんなの簡単だろ。見てろって」
レッドが指を鳴らす。
瞬間、喫茶店のセピア色の照明が、急速に温かみのあるオレンジ色の街灯の光へと滑らかに書き換わっていく。
周囲の景色が溶け、喫茶店のテーブルが消える。
気がつけばそこは、過去の淡い夜道。
だが、奥の席には変わらずあの中年女性客が座っており、本をめくっている。
彼女はあくまで「無関係な読書家」を演じながら、心だけをその修羅場に集中させ、二つの世界を繋ぐ唯一の傍聴者としてそこに居座っている。




