8.〇〇を飲み干さないと出られない部屋(2)
眉間に皺を寄せたミカゲが私の頬に触れる。「やっぱり熱いぞ。おい、どういうことだ、本当に大丈夫なのか?」……こんなに近くにいるのに、ぼんやり遠くでそんな声が聞こえる。
全身が熱いけど、ミカゲの手のおかげで頬だけは冷たくて心地いい。思わずその手にさらに擦り寄って、逃げられないようにと手を重ねた。
「――!」
骨ばってゴツゴツした手。私の手とはまるで違う。指には硬いマメの痕がいくつもあって、彼の日々の努力を裏付けている。どんな日でも、いつも欠かさず朝早くに一人で鍛錬しているから。きっと、そんな生活をずっと続けてきた人だから。
「ミカゲって……かっこいいね」
二人の温度が混ざって、頬のひんやり感はなくなった。けれど二人の間で溶け合ったこの温度も気持ちいい。
――でも足りない。
ミカゲにもっと触れたい。触れてほしい。
手だけじゃない、この先の温度を知りたい。
「ねぇミカゲ、もっと私に……」
ぱちこーん!!
「いた!」
ミカゲの胸にもたれかかろうとしたところで額を叩かれた。
「話聞いてんのか!? しっかりしろ!」
痛い……手が硬いせいで、軽い叩きが威力の何倍も痛い……あんな手、全然気持ちよくもなんとも――
「……!?!?!?!?」
冷や水を浴びせられたかのように、一瞬にして頭が覚めた。
(気持ちいい!? 顔触られて何を言ってるんだ私は!?)
け……穢れてしまったわ。
ちょっと体調が優れないぐらいであんなことを考えるなんて……わ、私ったらなんてふしだらな巫女に……!?
(……ええい、落ち着けふしだら巫女!)
思わず握った拳で太腿を殴りつけた。
そもそも加護の力が全面的に通用するのであれば、私は今ここにはいない。この酒も加護の力を貫通したんだ。
そしてこんなのは絶対にただの酒じゃない。
じゃあ、私が飲まされたものって……
「~~クソクソクソ変態野郎……!」
「ど、どうした!?」
酒に上乗せされていたものが薬かまじないかはわからないけど、とにかくまんまと変態野郎の手のひらで踊らされてしまった。
他人のキスを見たがるような変態の考えることだ。このお酒を使って、私たちをキスの先へ進ませようとしたのではないか。
そう考えると……このベッドってそういう意図で置かれてたんだ、などとしっくりくる。
「ぐううううううう……!」
「メイ、さっきからおかしいぞ……残りは俺が飲むからお前はもう寝てろ」
「あ……だ、だめー! わ、私が飲むから! 大丈夫だから!」
「毒じゃねーんだろ、酒か? 酒なら俺だって十分強い……」
「うるせー、毒だ! 飲むな!!」
「ああ?」
まじないの類の前に、お酒に強いか弱いかなんて関係ない。
もしミカゲがこのまじないにかかってしまったら……なんてことはもちろん考えたくないし、当然飲ませるわけにはいかない。
それにミカゲに、さっき私が考えてたことを知られるのも嫌だ。触りたいだとか触られたいだとか……
ああああああ~穢れ!!!!
「とにかく私が飲む! 飲むけど……!」
盛大な不信顔が私を睨む。私は少し小さくなりながらその不信顔に頼んだ。
「飲んだあとの私が何を言っても無視して、一目散に部屋を出て」
あと半分。飲めばおそらく私は、先程と同じような状態になる。理解していても制御できるかどうかはわからない。
あれを繰り返すのは恥ずかしすぎるしふしだら巫女すぎるけど、とにかく飲めばここから出られる……と信じるしかない。
そして出られさえすれば、あとのことはどうとでもなる。
「わかった?」
「……わかった」
一度だけ深呼吸。それから瓶の口を唇にあて、一気に傾けた。
もう味わう余裕はない。とにかく飲む。
(……ヤバい)
二度目だからか、さっきと違って飲んでるそばから体が火照ってきた。
あと少しなのに、息苦しくて飲みきれない。
「……飲めたか?」
瓶を下ろすとミカゲと目が合った。
チャプン。揺れた瓶からは微かな水音がする。
「……飲ませて」
瓶を持っているのは自分のくせに、子どもみたいな我儘を言った。
今まで自分でも聞いたことがないような、甘ったるい声で。
なんでわざわざそんなことを頼むのか、自分でもよくわからない。ただぼんやりとする頭の中で、早く飲まなきゃ、ということはずっと考えていた。
眉を顰めつつ、ミカゲが瓶を持ち上げる。
そしてその瓶に自分で、口をつけた。
「……口移し?」
「ぶはっ」
親鳥が雛にそうするように、自分もそうしてもらえるんだと思った。
だから口を開けて待ったけど、ミカゲはむせて咳き込んでしまった。
「おまっ……」
「だめ? ……ちゃんと目は瞑るから」
私の言葉にミカゲが目を見張る。
ダメ押しで「ねぇ、ミカゲ」と呟いた口を片手で塞がれた。
「もごっ」
「それ以上何も言うな」
もごつく私をそのままに、反対の手で残りの液体を飲み干すミカゲ。
すると昨日のように、壁にどこからともなく扉が浮かび上がった。
「あ……」
ミカゲは黙って私を抱えて扉へ向かう。
下から見る彼の頬は、さっきから少し赤くって。服越しにでも、大きく脈打つ鼓動が伝わってくる。
あーあ、まじない効いちゃってんじゃん。
「……だから飲むなって言ったのに」
ぼそりとそう言い捨てた時、既に視界は光に覆われていた。




