7.〇〇を飲み干さないと出られない部屋(1)
夢ではないとわかっていながらも、夢を見ていたような感覚が抜けなかったんだと思う。なんとなく〝二度目〟はないような気がしていた。
『全ての精算は魔王討伐後』なんて言っていたミカゲも、そういうことだと思う。
けれどそんな甘い考えを吹き飛ばすように、視界にはまたあの白い世界が広がっていた。
(あんなに苦労してやっと出られたのに、こんなすぐに戻ってくることになるなんて)
見ているだけで息が詰まりそうになる、四方八方、白い石のかたまり。同じ白なら雪景色とかの方がまだよかったけど……嘆いてばかりいても埒が明かないことはもう知っている。
部屋の中央には前回と同じく大きなベッドがひとつ。私はすぐにそのベッドに歩み寄って、掛け布団を捲り上げた。
「う……さむっ……」
「ミカゲ! 起きて! またあの部屋なの!」
今回もひとりぼっちではなかったことに内心は安堵しつつミカゲを叩き起した。なんで毎度私は突っ立っててミカゲは寝てるんだろう。どういう待遇の差なの。
布団がなくなって反射的に体を丸めていたミカゲだけど、私の言葉を聞いたら飛び起きた。
素早く周囲を確認して、これまた同じく壁にかけられたパネルで視線を留める。
私にパネルの文字は読めない。ただ、前回の文字と比べて前半部分の文字が違うことはわかっていた。
「なんて書いてあるの?」
恐る恐る尋ねる。キ……スの次といえばまさか、と悪い予感で胸がざわついた。
しかしその予想はよくも悪くも裏切られる。
「瓶の中の液体を飲み干さないと出られない部屋、だと」
「――!」
一瞬で背筋が冷えた。
明言はしていないけど、こんなの十中八九毒で間違いない。
――つまりなに? 犯人は、他人の情事が見たいだけの変態じゃないってこと?
この前はなかった机と瓶がパネルの下に置かれているのには気づいていたし、あれがなんなのか気になってもいたけど……そうか、あれを飲めと。
透明なガラス瓶に並々入った、濃い赤色の液体。見た目は完全にぶどうジュースだけど、わざわざこんなところで普通のジュースを飲ませることはしないだろうな。
この部屋をどれだけ探ったところで出口がみつからないのは昨夜で十分わかっているけど、得体のしれないこんなものを「はいそうですか」と普通は飲めない。
結局私たちどちらかの毒殺が目的? こんな複雑な魔法を使える魔法使いなら、ここまでまどろっこしいことはせずとも、そもそも二人まとめて殺す方法なんていくらでもありそうなものだけど……。
と、昨日のキスさせ魔から離れた犯人像について思案する。
その間に、ミカゲが勝手に瓶を手に取って栓を開けた。
そして不用意にも中の匂いを嗅いで、
「酒の匂いだ」
と言う。
「ば……バカ! 匂いだけでアウトな毒とかだったらどうすんの!」
私は慌ててミカゲの手から瓶を奪い取った。
「だったらそもそも飲めねーし出られねーだろ。ルールが破綻してる」
「う、そ、それはそうだけど……」
なんだコイツ、なんにも考えてなさそうで意外と考えてる。
「でも、今回もちゃんとルール通りの部屋だとか決まってるわけじゃないでしょ。昨日のがただの余興……みたいなもので、今日のは純粋に毒を盛って殺すつもりなのかもしれない。……ということでこれは私が飲むから、ミカゲは触らないで」
「は? なんでお前が」
はいそうですかと普通は飲めない。だけどこれに限っていえば、私は二つ返事で飲める。なんならキ……スよりこっちの方が断然楽だ。
「仮にこれに毒が入っていたとしたって、悪意ある毒の〝魔〟は退魔の力がある私には効かない。どんな毒だとしても、これ一本飲み干したところでノーダメよ」
瓶は牛乳瓶ぐらいのサイズ感で、中の液体はひと口二口程度で飲み切れる量ではない。それでも私の体に入った瞬間から魔は浄化されるから、これの正体がなんであれ私にとっては水と同じだ。
犯人がどういうつもりでこれを飲ませたいんだか知らないけど、余裕綽々で飲み切ってやる。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、こんなところさっさと出て今日こそ犯人を見つけてやろう」
ベッドの縁に腰掛けて、迷うことなく瓶を煽った。
ミカゲの言った通りのアルコール臭に、思った通りのぶどう味。おそらく一般的なぶどうのお酒で間違いない。しかも、
(……毒入りじゃない)
私の退魔の力が反応していないことからわかる。
拍子抜けだ。毒を盛るような意図はなかったのだろうか。毒かもしれない、と怯える人間を観察する趣味目的? どっちが飲むんだと押し付け合うような争いを生むのが目的?
わからないけどなんにしろ、私に毒が効かない時点で犯人の思惑通りとはいかなかっただろう。してやったりだ。
気持ちよーくごくごく飲んで、半分ほどを減らしたところで一旦休憩。
「おい、いくらなんでも一気にそんなに……」
「いや、これ毒じゃな――」
――ドクン。
毒じゃない、のに。
体の中で心臓の音がやけに大きく響くようになった。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
耳のそばで心臓が鳴っている。いや、まるで体全体が心臓になったみたいにうるさい。
「……なんか顔赤くねーか?」
そうなんだろうなと思う。体が熱くて、息苦しくて。今の自分が普通じゃないのはわかる。
私の退魔の力は魔法や毒に限らず、病魔すらも跳ね除ける。だから私は風邪ひとつ引いたことがない。ただ……今の私の状況は、そういう患者の病状に酷似している。
けれど一方で、頭の奥がフワフワするような独特の高揚感がじわじわと広がって。自然と口角が上がっていく気さえする。苦しいのに気持ちいい。
これは一体なんだろう。




