6.何も起こらなければ
さっきまで絶対犯人をぶちのめさないと気が済まないと思ってたけど、いつもと変わらない朝が来て、平然としたティナの顔を見て……なんだか気持ちが落ち着いてしまった。
よく考えたらというか、よく考えなくてもそうなんだけど、キ……スさせられただけなんだよ。怪我をさせられたわけでも(一部勝手に怪我はしたけど)、命を狙われたとかでもない。
仮にも魔王討伐のためのこの旅の途中で〝キスさせ魔〟を探すために全員を巻き込むのは、本当に正しいのだろうか。
ミカゲが言い出すのであればそれはそれで構わない。けどミカゲもしかめっ面で黙ってるだけで、『実は昨晩、俺達はキスさせられたんだ』なんてことは言い出しそうになかった。
「……朝飯を獲りに行ってただけだ。イモリはもうごめんだからな」
あ、誤魔化した。
「そうなの? その割に何も持ってないけど」
「……こんなとこに滞在する羽目になったのはアルトリウスのせいなんだから、やっぱりこいつを働かせようと思ってな。おいアルトリウス! 起きろ、飯だぞ!」
「ほぁ? ……めし!? うお~腹減った!!」
食い意地の張りようが半端ないアルトは、爆睡だったにも関わらずミカゲの一声で勢いよく起き上がった。けれど「お前また火の番サボりやがっただろ! 飯ぐらい獲ってこい!」とミカゲに足蹴にされて「ええ~~~~」と盛大に項垂れる。それからしぶしぶ釣竿を手に沢へ向かっていった。
情けなく丸まる背中は、到底魔王討伐を目指す勇者には見えないぐらい小さい。
彼はその若さと強さと、あんまり深くものを考えない向こう見ずさから、今どき珍しい勇者になったらしい。村のみんなに「お前ならやれる!」と持て囃されて本当に旅に出てきてしまったタイプ、と以前ティナが言っていた。
そんなアルトにあの部屋の話をしたらどうなるんだろう。
腹を抱えて馬鹿にされるぐらいならまだいい。一番怖いのは……「犯人探し? そんなにキスさせられたのが嫌だったのか?」とか、純粋な目で訊かれてしまうことかもしれない。
それからまた隙を見て、ミカゲと二人で話し合った。
犯人探しはとりあえず二人で進めようというのは互いの意見が一致したとこ。
そしてこれが私からの提案。
「今回のアレが通り魔的犯行で、もう今後何も起こらないなら、お互い運が悪かったとして忘れよう」
想定通り、ミカゲは明らさまに顔を顰めた。やられっぱなしが性に合わないことぐらいは知っている。それは私だってそうだ。
だから「魔王討伐後も覚えてたら、次は変態討伐の旅に切り替えよう」と付け足した。
それでも一筋縄ではいかないだろうなと思った。
しかし意外にも、
「……そうだな、このままもう何もないなら、すべては魔王討伐後に精算。それでいいのかもしれねぇ」
ミカゲはあっさり納得したみたいだった。
おそらく忘れる気はないみたいだけど……まぁ、それでいいならよかった。魔王討伐後、なんて未来が本当にやってくるのかは疑問だけど。
「そうと決まればさっさと魔王倒すぞ」
そう言って急に、私の頭に手を置いたミカゲ。
「え、なに……」
その手が顔の輪郭をなぞるように滑って、頬で止まる。
めずらしいどころではないスキンシップに思わず息を詰めた。
「〝次〟は、またそん時な」
次?
つ、次? ……もしかして〝次は目ぇ瞑れよ〟のこと!? やっぱりこの人、責任を取らなきゃとか考えてるでしょ!
「な……! だ、だからそんなの……!」
すべて精算、のうちにはそれも含まれていたのかと驚いた。
……けど、あのときのように〝次はない〟と咄嗟に言葉が出ない。
(そうか……魔王討伐後、〝勇者パーティーの巫女〟でなくなった私は、一体何者になるんだろう)
〝次〟が魔王討伐後なら、別に〝ない〟理由って……ない……のか?
わからなくなった。別にミカゲのお嫁さんになりたいとか、そんなことを思ってるわけじゃないのに。
それから頭の中フル回転で〝ない〟理由を探している間に、ミカゲは立ち去ってしまった。
その夜、宿のベッドでひたすら考えた。
隣のベッドで長い髪の手入れをしているティナに、つい「どう思う?」と訊いちゃいそうになるぐらいには考えた。
ミカゲには大恩がある。感謝している。尊敬もしてる。彼のために盾になれと言われたら別に余裕でできるぐらいには、私にとって特別な人だ。
その人が魔王討伐後の私の価値を見出してくれるというのなら、それはありがたい話なのかもしれない。
(そうすれば、また独りに戻らなくて済む)
魔王討伐なんて夢物語のような果てしない話の向こう側なんて、今まで考えたことがなかったから……そもそも考え方すらわからないが。
……でも間違いなく言えるのは、今の私の考えはとても自分本位で邪だということ。おそらく仕方がなかったとはいえ私の〝初めて〟を頂戴した責任として、魔王討伐後なんていう未来の話をしてくれているミカゲに対してとても不誠実だ。独りになるのが怖いから一緒にいたい、なんて。
(善意の搾取だ)
私がとても嫌いなやつ。
……だめだ、今の私は〝人〟すぎる。巫女にならなきゃ。〝ない理由〟がない? 馬鹿野郎、〝ない理由〟なんて〝巫女だから〟以外必要ないでしょ。
自己嫌悪でじたばたもがきたくなるのを抑えこむように、頭まで布団をかぶりこんだ。ティナに私のこの醜悪さがバレないようにと息を潜める。
「あの森で摘んだ花で作った香油、結構いい感じかも。メイも使ってみる?」
「んー……」
二言三言、布団に潜ったまま適当な会話を交わす。
そのうち無意識に瞼が落ちてきて、そういえば昨日はほぼ徹夜だったんだと思い出した。
あーもう、今日はとんでもない一日だった。魔王討伐後なんてまだまだ先の話はひとまず置いといて、今はとりあえず寝よう。また明日はたくさん歩かないと。健康第一、睡眠第一。
そう心の中で誰に聞かせるわけでもない言い訳のようなものをたくさんして、落ちる瞼に逆らうことなく目を瞑る。
そしたらすぐに気持ちのいい眠気に意識が沈んで、
次の瞬間――
「嘘でしょ……」
私は再び、あの部屋で目を覚ましてしまった。




