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36 誰も知らない秘密を打ち明けないと出られない部屋

 事前にミカゲと打ち合わせしていた通り、私は夜明け前を待ってから眠りについた。

 ミカゲの睡眠時間を確保するためだったけど、はたしてあの後ハンジさんの家でミカゲは無事眠れたんだろうか。

 

(…………眠れなかったのかな)


 そこまでぐっすり眠ったわけじゃないけど、ある程度眠った感覚に包まれたまま目が覚めた。

 ミカゲが私より後で眠った証拠だ。

 

 しっかり目を開けて、それから自分の状況を認識して——びくりと思わず全身が跳ねた。


「落ち着け、別に危険はねぇ」


 私の向かいで、ミカゲは木の椅子に座って腕を組んでいた。

 そして私も、同じく椅子の上に座っている。


 見れば部屋の中にいつもあったベッドがなく、それの代わりのこの椅子らしい。

 真っ白で無機質な部屋は相変わらず。ただベッドがない分、部屋がよりだだっ広く感じる。


 いつも通り壁に掛かっているパネルに変わりはない。

 私はそれを眺めながら、「なんて書いてある?」とミカゲに尋ねた。


 ——スズワさんとはどうなった? なんで寝てなかったの? 大丈夫なの?

 ……今本当に訊きたいのはむしろそっちかもしれないけど、さすがに今じゃないよなと飲み込む。

 

「『誰も知らない秘密を打ち明けないと出られない部屋』だと」


 前回と同じく何かを言わせる系だ。このまじない自体が物理的に距離を縮めるところから始まって、次段階は内面の開示というわけで間違いないらしい。

 

「だから対談形式なのかな」


 なら前回もこれでよかった気がするけど。

 

「……ここは普通ならまず進まないはずの五番目の部屋だ。何かフェーズが違うのかもな」


 ミカゲは神妙な面持ちだけど、私は正直ほっとしていた。

 私にとってはやっぱり物理的接触よりも、こっちの方がずっとハードルが低くていい。


 人に無理やりキスをさせるなんて非道すぎる術だと思ってたけど、たしかに何かが変わってきている。あれも作者からすれば、両思いとやらを確実に成すために真剣に考えた上で必要な過程だったのだろうか。


「とにかく部屋の中に留まる理由はないし、さっさと出よう」

 

 秘密……秘密ねぇ。条件は〝誰も知らない〟ということだけ。その秘密の重さ軽さに言及はない。本人にも自覚がないことを問われる前回に比べれば、よっぽど楽に思える。

 とはいえ〝秘密〟を〝打ち明ける〟と言うからには、ただ誰にも言ったことがない話というわけではなく〝意図して黙っていた話〟というニュアンスが含まれている気がする。どう判定しているのか理屈はさっぱりだけど、この部屋はそういうルールにはうるさい。


 でも困った。そもそも私にそういう〝秘密〟はあるんだろうか。

 真剣にそう悩んでいるうちに、ミカゲの方がぽつりと言った。

 

「今から言うこと、アルト達には言うなよ」


 秘密があるんだ、と純粋に驚いた。

 

「もちろん、言わないよ」


 硬く頷く。するとミカゲは太ももの上に置いた自分の手のひらに視線を落として、


「俺は、自分が魔王を倒せるなんて思っちゃいない」


 淡々とそう言われ、さすがに少し戸惑った。

 一応〝魔王を倒す力〟とやらを手に入れるための今のこの状況なんだけど……。


「あの人は……師匠は自ら命を絶っていた。俺からすれば雲の上の次元で強かったあの人が、何か……そうする他なかった絶望があったんだろう」

「だけど、その頃よりミカゲも強くなったでしょう?」

「昔に比べればな。……けど未だに、師匠に勝てるとは思えねぇ。今お前をここに巻き込んでるのは完全に……俺のエゴだ」


 そうかミカゲは〝魔王を倒す力〟云々の前に、そもそも自分を信じていないのか。

 魔王討伐のために進んでいるこの道と相反する本音だ。たしかに〝打ち明ける〟べき〝秘密〟にはふさわしい。

 

「じゃあミカゲは、どうしてこの旅をしているの?」


 さっきティナにも聞いた話。こんなすぐにミカゲにも聞くことになるとは思わなかった。

 復讐のため、というのも思えば本人に言われたわけじゃない。私が勝手にそう思い込んでいただけで。


 そして案の定、ミカゲは復讐のためだとは言わなかった。

 

「……師匠が死ぬ前、俺に言ったんだ。『お前が魔王を倒せ』ってな……」

「…………」

「思えば、あのときから師匠の言葉はずっと一貫してる」

 

 ……ひどい話だと思った。だって、

 


「これはまさしく呪いなんだ」


 

 お師匠さんの言葉はこんなにも長い間ミカゲを縛り付けてしまっている。

 これが本当に愛なのか。

 

 ——『こいつはいつか魔王を倒す勇者だ』

 

 かつてミカゲは、アルトを指してそう言った。

 そして、その勇者を救うためという名目で命を捨てようとした私を止めた。

 

 だけどもしかしたらミカゲだって。

 ミカゲだってあのとき、『ここだ』と思ったんじゃない?


『じゃあ俺に移してくれ』

『俺は別にどうなったってかまわねぇ』


 魔王を倒せという言葉のままに生きているはずなのに、あっさりそれを投げ出そうとした。

 それは私と同じように——魔王を倒すためという大義名分のもと、呪いから解き放たれるその瞬間を待っていたから?


(もしかしたら、今だって……)


 不安が胸に押し寄せる。

 

「……わるいな、こんな理由で」


 ミカゲの顔に自虐めいた笑みが浮かんだ。

 これは私に解ける呪いではない。大切な人の最後の言葉に忠実でありたいと願う、ミカゲのその気持ちを否定することはできないから。

 

 だけどその呪いからの解放には、限りなく可能性の低い祈願成就か……死しかない。


「……っ、い、いやだ」


 身震いと共に立ち上がった勢いで椅子が倒れ、鈍い音を立てて床に転がった。


「やめて、魔王討伐の礎になんてならないで……!」


 気持ちは痛いほどわかる。

 誠実でありたい、期待を裏切りたくない、そう思うのに心と体は疲れ切っていて、もう終わりにしたいと諦めてしまう。

 そんな人間にとっては見栄えのいい死が救済になると、私は知っている。


「魔王は倒す。いつか倒す。ミカゲ一人では無理だとしても、アルトか私かティナか……誰かが必ずやる。いつかやる。何年後になるかもわからないけど……万全の準備をして、絶対大丈夫だってわかったら絶対進む。……だからそれまで、諦めないで」


 また何か〝チャンス〟があればミカゲはそれに飛び込んでしまうのかもしれない。

 そう考えると恐ろしくて、胸が痛くて。

 

「私、ミカゲに死んでほしくない。ずっと私達と……私と一緒にいてほしい!」


 あの村を出て広い世界に出たところで、私の世界なんてものはまだまだ狭い。

 ミカゲとアルトとティナ。今の私には結局それしかなくて、誰か一人を失うことは世界の大部分を失うに等しい。

 魔王が滅ぼすまでもなく、私は一足先に世界の終わりを迎えてしまう。


 これはまだ、ただの悪い想像。

 わかっているけど涙が零れた。


「メイ……」


 滲んだ視界の向こうでミカゲが私の名前を呼んだ。

 それはどこか少し呆れているような、「しょうがないな」とでも言いたげな声色だった。

 

 そのときふと、部屋の空気の何かが変わる。

 そして無機質な部屋の壁に、浮かび上がるようにしていつもの扉が現れた。

 

「え、扉……? 私まだ秘密なんて言ってないのに……」


 呆然とする私にミカゲが近づく。

 そして無骨な指が私の頬の涙を拭った。


「お前に言われなくても、簡単に死ぬつもりはねぇよ」

「!」


 私の頬に手を置いたまま、ミカゲは少しだけ笑っていた。

 

「前までは、俺じゃなくても誰かが魔王を倒せるなら――……いや、〝魔王を倒すという目的のために俺は十分やりきった〟っつー事実さえあれば、自分の命に執着する必要はないと思ってた」

「そんな……」

「前までは、っつったろ」


 まだ涙を溜める私をミカゲが制す。

 そしてまたあの愛おしげな瞳で、囁くように言った。

 

「今は……生きたいと思ってるよ。お前のためにもな」


 無意識に息を呑んだ。

 その甘い視線に耐えきれなくて、つい顔ごと目を逸らした。

 

「そ、そそそっか、そ、それならよかった」

 

 この動揺の隠せなさっぷりときたら。

 恥ずかしさで顔を戻せずにいると、また呆れたように笑ったミカゲが一人で扉へ向かった。

 それから扉を開けつつ振り返ると、

 

「それに、全部魔王討伐後に清算って話だったろ。忘れたのか?」


 こちらを試すような、少し意地悪な調子で問いかけてきて。

 私はそれが責任感とか、そんな甘っちょろいものではなかったことにようやく気が付いたのだった。


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