35 旅の理由
集落の人達に降霊術を繰り返したその晩、私はハンジさんの家には帰らなかった。
「私がいるとスズワさんが帰って来れないだろうから」
湖の側で火を焚いて、ついさっき「昨日のお礼に」とゲンゾさんから頂いたトウモロコシを炙る。
「まぁそうよね」とティナも私の隣に座った。
「付き合ってくれるの?」
「スズワさんにとってはあたしもアルトも同じぐらい邪魔者よ」
「ええー、俺もかよ」
文句を言いつつも焼きトウモロコシは魅力的なのか、アルトも同じように火を囲んだ。
「じゃあミカゲ、スズワさんのことよろしくね」
「ああ。……さすがに雨が降ったら戻って来いよ」
「……考えとく」
もうこれ以上この集落に留まる理由もないし、明日にでもここを発つことになるだろう。
今のミカゲがここに残るという選択をするとは思えないし……今晩はミカゲの口から別れを伝えてもらわなくてはならない。
でも今朝のスズワさんの様子からすれば、きれいなお別れは相当難しそうだというのも想像がつく。どうにか上手くいけばいいんだけど……。
「……ねぇメイ」
「ん?」
ミカゲが一人で集落へ戻った後、ティナは微かに揺らめく炎を眺めながら口を開いた。
「今朝の……本当によかったの? ミカゲにあんなこと言っちゃって」
「……おまじないに最後まで付き合うって言ったこと?」
「そうよ」
「んー……」と言葉を考えながら、手前のトウモロコシの棒をくるくる回す。
「魔王討伐に必要となれば、きっと龍神様だって許してくれるはずだよ」
そう思えるようになっている時点で、おそらく私は大丈夫だ。
それに否応なしに、わけもわからずあの部屋の現象に巻き込まれていた頃とはわけが違う。自ら選んだことなんだから、たとえ穢れの掟が真実だったとして、私が加護の力を失うようなことがあったとしても……後悔はしない。
でも私の返答はティナの欲していたものとは少しズレているらしかった。
「龍神様はこの際どうでもいいとして」
「どうでも」
「メイ自身の気持ちは? 魔王討伐に復讐がかかってるミカゲはまだしも、なりゆきであたし達の旅についてきただけのあんたに、そこまでする理由はないんじゃない?」
つまりは魔王討伐と私の貞操を天秤にかけろということだろうか。
「うーん……私としてはそもそも、魔王討伐の力ってのはまだ全然信用してなくて……ただなんか、最後まで見届けてみるべきだと思ったというか」
「本当にその気持ちに、大事な何かすら賭けてもいいと思えているのね?」
炎の向こうでアルトは夢中になってトウモロコシを齧っている。
いいな、あの子はなんにも悩みなんてなさそうで。
「……正直そういう実感は湧いてないかもしれない。でも魔王や魔族のせいで困ってる人が世の中にはたくさんいるわけだし、そういう人たちを助けられる可能性がわずかでもあるなら、挑戦してみないわけにも——」
「魔王討伐なんて、別にメイがやらなくたっていいじゃない。困ってる人を助けなきゃいけない義務なんてないし。いつか誰かがやるかもしれないし」
「え……?」
思いのほかティナが辛辣で驚いた。
「ただの正義感や好奇心で動くのは、アルトみたいなバカだけで十分だと思うわ」
「バカとはなんだ」と意外と話を聞いていたアルトが怒る。
ティナがドライな性格なのはわかってるけど、勇者パーティーにいるぐらいだし彼女にも少なからずそういう正義感とかがあるのかと思っていた。
「じゃあティナはどうしてこの旅をしてるの?」
そういえば話したことがないなと思った。ミカゲにしたってそう。
ずっと人と関わることをしてこなかったせいか、肝心なところで気が引ける癖がある。
「あたしは……世界のためとか復讐とか、そんな高尚な理由じゃないの」
ティナが居心地悪そうに少しまつ毛を伏せる。
これ以上聞かない方がいいのかなと悩んだところで、
「夢のためなんだよなー?」
とアルトが呑気に言った。また無意識に気が引けていた私とは心の根っこが違う。
「夢……?」
少しの沈黙の後、ティナは小さく息をついてからぽつぽつと語り始めた。
「……魔王誕生の後……魔族は人間が持つ魔導書や呪術書を片っ端から消し去ったり、奪い去っていった歴史があるの」
ティナの語気には徐々に怒りが滲み始める。
「おそらく人類の抵抗を抑えるための手段だったんでしょうけど。奴らの目論見通り、そこで人類の魔法の発展は大きく停滞することになってしまった。およそ百年たった今でも……復元できていない、あたしが読むことのできない偉大な魔導書がたくさんあるわ」
いつも肌身離さず抱えている杖をぎゅっと握るティナ。
「あたしはそれが許せないの」
……思わずぽかんと口を開いてしまった。
「そう、なんだ……」
じゃあティナの旅の理由は、その魔導書の恨みってこと……?
それが夢とは変わってるな……と思っていたら、
「だから魔王城にそれを読みに行こうと思って」
「……へ?」
続いた言葉はまたしても、私の予想の斜め上を飛び去った。
「わざわざ奪い去ったものがあるということは、それは魔族にも有益だったか、消すことのできない高度な結界で守られていたとか、何かしら理由があったと思うの。そういうのはまだ奴らの手元に残されているんじゃないかって」
「そ、それでわざわざ魔王討伐なんて……?」
「……ええ。本当に、ただただ自分本位なんだけどね」
ティナはそういう自分を後ろめたいかのような顔をしていた。
けど……なんでそんな顔をするのか、心の底からわからない。
「いや、そんなの……すごすぎるでしょ……」
知的探求心でそこまで行動できる人なんてまずいないわけだし、堂々と胸を張っていていいと思うんだけど。
それに動機はどうあれ結果としては、人類を救うことになるんでしょう?
純粋に「魔王倒して世界救うぞー!」て顔してるアルトの隣にずっといるから、自分が汚れてる気でもしちゃうのかな。だとしたらもったいない。
「本当にすごい夢だよ。応援したい」
心から素直にそう思った。
(じゃあ私が魔王討伐を目指す理由も十分じゃん)
くるくると均等に焼きあげたトウモロコシをティナに差し出す。
「たしかに最初は成り行きだったけど……今はね、ミカゲの復讐を手伝いたいとか、アルトを正真正銘の勇者にしたいとか……ティナの夢を叶えたいって思うから。だから魔王を倒したい。……そういう理由じゃだめ?」
ティナは少し目を瞬いてから、ふっとやさしく笑った。
「メイらしいわ」
まじないの景品についてはまだまだ眉唾物だ。でも真実だったらいいなと、熱々のトウモロコシにかぶりつきながらあらためて思った。
重い空はまだ降り出さずに耐えている。
このまま一晩もてばいいけど。




