33 魔王を倒す力
《魔王を倒すためだ》
「……は?」
「はあ?」
「ええ? 魔王?」
「急に何言ってんだオッサン」
将来ミカゲがちゃんと伴侶をみつけられるか心配で……とか、くだらない理由を言われるんじゃないかとみんな身構えていたと思う。
だけどいたって真面目な様子のお師匠さんの返答は、予想の遥か斜め上を行った。
「ま……魔王とこのくだらねーまじないにどう関係があんだよ!! ふざけんのも大概にしてくれ!」
ミカゲのセリフはみんなが思っていたことだった。
それでもお師匠さんの態度は崩れない。
《関係もなにも、この呪いは魔王を倒すために作られたものなんだ》
「はあ……!?」
……えっと……今話してるのって〝両想いになるおまじない〟のことであってますか……?
何かがおかしいけどもはや何がおかしいのかわからないという、変な空気が漂い始めた。
《今もこの呪いが続いているということは、魔王はまだ生きているんだろう?》
「そりゃあ……そうだろ……」
何か自分がおかしいのか? とばかりにミカゲが若干怖気付いている。
《なら呪いを乗り越えて魔王を倒しなさい。そうすればその呪いは消滅するはずです》
い、いや……
「いや……あの……両想いになるおまじないの話……ですよね?」
なるべくミカゲとお師匠さんの間に割り込まないようにしようと努めていたけど、限界だった。
「えっと、乗り越えるってのは両想いになるってことですか? 二人のラブパワーで魔王討伐♡ ってことですか?」
こっちは真剣にどうにかしようとしてんのに。魔王討伐なんて人類のラストミッションなんか持ち出されたらたまったもんじゃない。
ついつい声に苛立ちが滲んだ。
そのせいかはわからないけど、お師匠さんは悲しそうに眉を下げた。
《申し訳ありませんが、呪いの終わりに真に何があるかは私にもわかりません……》
「ええ……」
《ただ、この呪いを踏破した者には魔王を倒す力が与えられると……そう記されていたのです》
どういうこと? 景品?
何度でも言うけど両想いになるおまじないの話だよね? ……なんか情報を聞けば聞くほど迷宮に踏み込んでいってるみたいだ。
「メイ、見て」
ティナが私の肘をつつく。視線を辿って、お師匠さんが立っている水面の光が徐々に弱くなっているのに気付いた。
私が向こうで苦戦して時間をくったせいで、もう術の限界が来てしまったのだ。
聞きたいことはまだ山ほどあるのに、もう私に残されている時間はない。
「ミカゲごめん、なるべく後悔のないようにお別れを……」
降霊術が使えるのは一つの魂につき一度まで。
ほんのわずかな時間しか会わせてあげられなかったけど、残念ながら二度目はない。
「……魔王を倒す力だかなんだか知らねーが……どうして俺なんだ?」
どうして俺を呪った?
と、その問いかけと同時にお師匠さんの姿が消えていく。
ミカゲはお別れの言葉を選ばなかった。
お師匠さんはそんなミカゲを慈しむように微笑んで、
《お前を……愛していたからだ》
その一言を残して、光と共に完全に姿を消した。
残ったのは何の変哲もない湖の水だけ。
しばらく全員の間に沈黙が続いた。
それからミカゲが無言で湖から上がり、その沈黙を破る。
「メイ……わりぃな、師匠のよくわかんねーたくらみにお前を巻き込んで」
私は黙って首を横に振った。
今日初めて会ったばかりの微塵も知らない人だけど、到底悪い人には思えない。適当な口から出まかせを言うような人だとも。
「正直、師匠の言葉は理解できないことばっかだ。……けど、信用できない人じゃねぇんだ」
「……うん、わかるよ」
「だからもし仮に、師匠の言っていたことがすべて事実だとしたら……俺は……」
「うん、いいよ」
「……え?」
「一緒にこのおまじないの最後を見届けるよ」
ミカゲが目を見開く。「いいのか?」と訊かれて、笑って頷いた。
「私も確かめたくなったから」
——なぜ本人が〝呪い〟と呼ぶものを、愛する者に背負わせたのか。
湿った風が肌に貼り付くように吹き抜ける。
もうすぐ雨が降りそうだ。




