31 苦戦
アルトとティナをそのまま湖に待たせて、私とミカゲは一度ハンジさんの家に戻った。
それから置きっぱなしにしてあったある物を抱えて、再び湖に戻る。
「あー! なんか知らないうちに物が増えてるなと思ったら……それ、例の部屋から持ち出してきたものってこと!?」
「そういうこと」
真っ白なシーツに枕に布団。全部、今朝『相手の一番好きなところを言わないと出られない部屋』を出る際に、私が腕いっぱいに抱えてきたものだ。
「実際に持って出られるかどうかは賭けだったけど、上手くいった」
今朝ハンジさんの家で目覚めたときも、ちゃんと抱き枕よろしく抱きしめていた。
「そうか、これを使った降霊術で作者を呼び出せるってことだな!?」
「うん。これらが作者の魔力から創り出されているアイテムだとしたら、魔力を魂の情報として作者の魂を辿ることができるはず」
「でもそれって作者が既に死んでる場合は、でしょ? もちろん若かりしタマリさんの時代に流行った本って言うなら、作者も死んでる可能性は高いけど……」
「失敗したらそれまでだ。そいつが死ぬのを待つ」
これ以上はパーティーを巻き込めない。それは私とミカゲの考えで一致している点だ。これでだめなら当分は諦める。
「そもそも魂に繋がりもしないうちは、何度だって試せるしね」
降霊術はあくまでこの世のものではない魂に呼びかけるもの。だからこそ、誰かが魔法で私たちに攻撃をしていると思い込んでいたときには、降霊術を試してみようなんてことは思いつきもしなかった。
この集落へ来たことで私達は確実に前進している。
でもここが、王手か降参かの別れ道。
——正念場だ。
絶対に後で回収しますので。と、誰へというわけでもなく心の中で誓いを立てて、部屋から持ち出したブツを直接、湖の中へ放り込んだ。
今回は魂の情報が大きすぎるので、湖そのものを儀式の道具とみなす。
祭壇だのなんだのは降りてくる霊魂への敬意というか、まぁほとんどパフォーマンスのようなものなので今回は省略。ここが省略できると準備は一気に簡単になる。
「……いくよ」
ミカゲと目を合わせて頷き合う。
一つ息をついて、清めた地面の上に描いた陣に入る。降霊の祝詞を唱え、目を瞑った。
瞼の裏に広がる暗い世界。
それが徐々に白みだし、景色が一転する。
……そう、これまでずっとそうだった、のに。
「——!?」
急に別世界に放り出されたような感覚はそのままだ。
だけどいつもの晴れ渡るような空と水はどこにもなくて。
とにかく暗く、深い、夜の海のような世界が広がっていた。
(は……?)
何も映さない真っ黒な水面と、瘴気漂う闇の空が視界を覆う。
「うわっ」
しかも気を抜けば足がずぶずぶと沈んでいく。こんなことになるのも、こんな場所に来るのも初めてだった。
「なにこれ……」
私は一体何に繋がってしまったのかと、恐怖が迫り上がる。
とにかく足が埋もれないように歩いた。動いてさえいれば平気だった。
けれどどこまで行ってもただひたすらに闇が広がるばかり。
何か触れてはいけないものに触れているんじゃないかと、常に怯えがちらついた。
正直今すぐ終わりにしてしまいたい。諦めて戻ってしまいたい。
(でも何の成果もないまま帰ることなんてできない!)
これが成功なのか失敗なのかも何もわからない。作者の魂は本当にこのどこかにあるのか、あったとしてそれは私の手に負えるようなものなのか。
不安に駆られながら歩き続けた。
不自由な足場を何分、何十分。
疲れるような肉体はないのに息が上がって、頭が締め付けられるような頭痛にも襲われるようになってきた。すると、
「苦戦してんのか?」
どこか遠くから、ミカゲの声が降り注いできた。
「ちょっとね」
大分見栄を張った。精神世界の私がこれなんだ、実際の肉体だってもうとっくに悲鳴を上げているんだろうに。
「なぁ……例えば、俺の中にあるまじないが情報になったりはしねぇのか?」
答える前に、ざぶざぶと水を掻き分けて進む音が聴こえてきた。
「は? いや、そもそもミカゲの魂が混入してくるのは——!」
まずいって! ……と、慌てて伝えようとしたその言葉の先は、一瞬にして奪われた。
三百六十度どこまでも果てなく闇が広がる暗鬱とした世界に、文字通り一筋の光が見えたのだ。




