30 魂の情報
扉の外の光に包まれて、視界が元の世界へと切り替わる。
寝転ぶ私の前ではティナが眠っていて、わずかに差し込む朝日で白金色の髪が輝いていた。
(ミカゲってば、こんな時間まで起きてたのか……)
どうりでしっかり眠った感覚があったわけだ。
ティナ(と一応アルト)を起こさないようにそっと家を出て、ミカゲを探すことにした。
どこで寝てるのか聞けばよかったなと、ロクに打ち合わせもせずに別れたことを今更少し後悔する。
入れ違いになっても困るしそう遠くには行かない方がいいかもしれない。
「巫女様! やっと起きた、ねぇ聞いて!」
まだ家から出てたったの数歩だったが、納屋から飛び出してきたスズワさんに引き留められた。
やっと起きたって時間でもないはずだけど……もしかしてスズワさんの方は昨日から寝てないのかな。
「なんでしょう?」
「見つけたの! お母さんの魔力が篭っていそうなもの!」
スズワさんは少しハイになっている様子で捲し立てる。
「向こうから持ってこれたものなんてほとんど何もなかったから、探すのに苦労したけど……ちゃんとあったの!」
「よかったです。何があったんですか?」
見たところスズワさんの手には何もない。
納屋に置いたままなのかと思ってみれば……。
「サクラの木! 知ってる? 見たことある? 西の湖の傍に一本植えてあるのよ。お母さんね、サクラが大好きだったの。毎年花が咲くのをすごく楽しみにしてて……」
心が引き攣った。
このスズワさんの笑顔はおそらくすぐに失われてしまうと予感できた。
「スズワさん……あの湖にあるサクラの木を、お母さんがずっと手入れしていたとか……そういうことですか?」
そうであってくれ。
「う……ううん、あれは小さな苗を運んできたものだし……お母さんが見たことがあったかもわからないけど……」
「……スズワさん、残念だけど」
「でもあの春も、家族みんなでお花見に行く約束をしてて! でも結局、できなくて……。だ、だからお母さんはきっと、今もサクラの下で私を待ってると思う! だから……だからあのサクラの花びらでも枝でもなんでも、試してみてよ……!」
「スズワさん……」
「お願いだから!」
涙を流すスズワさんが私の胸元を掴んで懇願する。
だけどそのサクラの木が魂の情報として結びつくことは、まず百パーセントない。
私は目を伏せて首を横に振った。
「なんで……一度試してみるぐらいいいじゃない……」
「……これ以上、余計な期待を持たせたくないから」
「——ッ!」
スズワさんが片手を振り上げた。
これはあのとき、可能性の低い選択肢を出した私が悪い。
だから甘んじてその怒りを受け入れるつもりで身構えた。けれど、
「やめろスズワ。こいつが悪いわけじゃねぇだろ」
スズワさんが振り上げた手は、ミカゲの手に止められていた。
「ミカゲ……」
「離して……!」
「こいつは純粋にお前の力になろうとしてた。恨むのは筋違いだ」
そう言って突き放されたスズワさんが今度はミカゲを睨みつける。
「可能性が低くてもいい、ただ試してほしいって言ってるだけなの! なのに期待だけさせてやっぱりやりませんなんて、ひどいじゃない……! ……もしかして、私のことが気に入らないからそんな卑怯なことをするの?」
「え……!?」
気づきを得た顔をしているスズワさんに「そんなわけねーだろ」とミカゲが言うも、スズワさんは頑なだった。
「私がミカゲにここに残ってほしいって言ったのを知ってるのね? だから私が気に入らなくて……傷つけようとしてる」
「何言ってるの……私は」
「あんたが気に入らないのは私の方よ!」
「!」
ひどく恨みの籠った目が私を見る。
「許さないから……! お母さんにもう一度会うのが叶わないなら……せめてミカゲのことは絶対離さない。あんたなんかに渡さない!」
「おい、スズワ……!」
ミカゲが伸ばした手を振り払って、スズワさんは山手へと駆けていった。
きっともう私の言葉が彼女に届くことはない。
いろんな後悔で気持ちが沈んだ。
「ごめんミカゲ……」
「なんでお前が謝んだ。何か間違ったことをしたわけでもねーんだ、堂々としてろ」
「…………」
いや……癒えない悲しみを抱える人を前に、救ってやろうなんておこがましいことを考えた結果がこれだ。私なんかがそうほいほい人の救いになれるはずもないのに。
「……うん、気を付ける」
戒めを胸に刻んだ。
それから「朝早くからなんの騒ぎだ」とちらほら集まってきた集落の人々に謝ったりしているうちに、
「ああいうのをキャットファイトっつーんだよな」
「茶化すな馬鹿」
寝ぐせがついたままのアルトと、いつも通りのティナと合流した。
「見てたの?」
「見守ってたの」
良いように言うんだから。
その後私達は、スズワさんのことは
「俺があとでなんとかする」
と言い張るミカゲに任せることにして、ひとまず人目を避けて湖の方へ移動した。
「——それで、聞かれたの? 望みは叶ったかってやつ」
私が尋ねると、ミカゲは複雑な表情で答えた。
「聞かれなかった」
「そっか」
予想はしていたし特段ショックも安心もなかった。
とりあえずはこれからどうするかを考えるしかない。
「どういうこと? 術者はミカゲじゃないの?」
ティナが訝しむ隣で、アルトはあんまり状況を理解していない顔をしている。
「俺じゃねぇ。俺以外の誰かが、俺にまじないをかけたんだ」
「なんだそれ、誰がお前とメイが両想いになるまじないなんてかけんだよ」
「わかりゃ苦労しねぇっつの」
じゃあ結局状況はなんも変わってねーってことかよ、とアルトが悪態づく。
「わかんないよ、術者が『叶った』て答えてたらもう終わってることになるし」
「叶ってんのか?」
「…………」
は? この前は『お前らそもそも好き同士だった』なんて言ってたくせに、わざわざなんで今そういうのを聞くの?
「事実は関係ねー。犯人にはそれが叶ったか叶ってないかなんてわかりようがねーんだから」
「あー、そりゃそうか」
そうだよ、ばか。
気まずい思いでミカゲを見る。心底うざそうな顔でアルトに文句を言っている、その横顔を見るだけでドキドキした。
誰がまじないをかけたにせよ、それがこうしてルール通りに発動している以上、ミカゲが私を想ってくれているのは事実だろう。
私もミカゲはのことは好きだし、大切な人だと思っている。
けど……恋愛とかそういうのがまだわからないと言ったのは本当だ。ティナも大切だしアルトも……まぁ大切。
(ミカゲの想いと……あの眼差しと同じものを私が返せるかと言ったら、正直難しい)
今はただミカゲが私に同じものを求めないことや、気まずい顔をしないことに救われている。
「でもじゃあどうすんだ? もっかい眠って確かめんのか? まぁたかがまじないなら危ねーことはねーだろ」
私たちの状況に既に見切りをつけているらしいアルトが無責任なことを言う。
気持ちはわかる。〝両想いになるおまじない〟に当初私たちが危険視していたようなリスクがあるとは思えないし、これ以上気を揉むのも時間の無駄な気がする。
かといって当事者からすれば「じゃあもういいか」とはとてもじゃないけど開き直れない。
「アルト……適当なこと言うのやめなさいよ。四回目で終わらなかった〝続き〟がどうなってるのかもわからないのに。めちゃくちゃ過激な要求をされるようになって、本当にメイが龍神様から見放されたらどうするのよ」
「つってもよー、解呪はできねーんだろ? 犯人だってわかんねーし」
「んー……」
手詰まりだ、と言いたそうなアルトにさすがのティナも唸る。
「……解呪はできない。犯人もわからない」
それはアルトの言う通り。
そんで開き直れはしないけど、もうほとんど危険はないと思われる〝まじないの術者〟を探すために、魔王討伐の旅をこれ以上足止めされるのもよろしくない。
別にこれ以上追求しなくたって、今後私とミカゲの睡眠時間をズラすのを徹底するだけで、当面の問題は解決するというのもわかっている。
——だからこれは、最後の足掻きだ。
「最後に一つ試させてほしい……。このまじないの作者に、繋がることができるかどうか」
そしてこのまじないを終わらせる方法を、直接作者に訊く。




