29 相手の一番好きなところを言わないと出られない部屋
あ、『相手の一番好きなところを言わないと出られない部屋』て……
くっだらね~~~~~~~!
まじないの対象年齢十五歳か~~~~!?
もう完全に相手が好きな前提で進んでるし。
まじないの作者の想定では、ここにいたるまでの三部屋で既に両思いになっているものとしていて、ここは消化試合みたいなものなのかも。
「ハァ……さっさと答えて出よっか。別に仲間として好きなところなら普通に挙げられるし」
起き上がってベッドの上に座って、「んー」と二、三秒だけ思案した。けどこんなの、適当に何か一つ言えばいいだけだしなと思い直して。
「強いところ。はい、じゃあ次ミカゲさんどうぞ」
サクっと答えて、番を譲った。
でも……私の〝好き〟は仲間としての好きだけど、ミカゲはそうじゃないんだよね。
そう思ったら割とドキドキ——
「……顔」
顔!?!?!?
「し、知らなかった……!」
「…………」
一番が顔……顔かぁ……。なんとなく今すぐ鏡を見たい気持ちになった。
さて、期待したような答えとはちょっと違ったけど、ひとまずこれでお互いに一つずつ発表しあったわけで。
今回は楽勝だったな、なんて気持ちでいつも出口の扉が現れる壁を見ていたのだけど……
数分待っても部屋にはなんの変化も起きなかった。
「ねぇ……顔とか適当に言ったんでしょ! それが〝一番〟ではないってことじゃない!?」
自分のことは完全に棚に上げてミカゲに怒った。
一番が顔、はやっぱりちょっとショックだったのもある。
「ちゃんと考えて言って! 私の一番好きなところ!」
なんか重い彼女みたいになってきたな。
私の意思じゃない(?)のに。すごく嫌だ。
「いやお前だって絶対適当だったろ」
睨まれながら図星を突かれたせいで、わかりやすく「うっ」と声が出た。
「い、いや? 適当じゃないし。強くて頼りになるところが一番好きだし。……ほ、ほらミカゲは!?」
しれっとさっきより良いように言っておいた。
それに気づいたか気づいていないかは知らないが、ミカゲはため息をついて、私を睨むのをやめた。
それから頬杖をついて、やけくそ感満載で言う。
「他人への思いやりがあるところ」
「……いや扉出ないじゃん! それじゃない! 次! ここから出られるまで続けて!」
「はあ~~……くそっ…………責任感があるところ……真面目なところ……誠実なところ……仲間思いなところ……」
め、めちゃくちゃあるじゃん私の好きなところ……!
それでもまだ扉は現れないけど、まさかミカゲの口からこんなにスラスラと私への褒め言葉が出てくるとは思わなかった。
というかこれだけ出してもまだ〝一番〟じゃないってどういうこと?
「芯があるところ…………って、おい、おかしいだろ」
「へ?」
「本当に〝一番〟が出せてないのは俺の方か? やっぱお前の方なんじゃねーのか?」
「えっ」
まぁ……たしかに……? そんな気もするよね……。
「……わかった。一番は……努力家なところ」
——シーーーーン
「……次」
「ぐ。……なんだかんだやさしいところ」
「なんだかんだは余計だろ。次」
「……いざという時は身を挺して人を守るようなところ」
私はあくまで仲間として……人として好きなところを言っている。……はず。
なのに沸き上がるこの羞恥心はなんだろう。とにかく早く終わってほしいのに、まだ扉は現れてくれない。
「次だ」
「ぐう……た、頼りになるところ……はさっき言ったか。えーと、仲間を大切にしてるところ……いつも率先して見張り番をしてくれるところ……が、頑丈なところ……体力があるところ……」
「おい後半ネタ切れしてんだろ、ふざけんな」
自覚はあるが指摘されると腹が立つ。そんで誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ。
「やっぱりミカゲなんじゃない!? 私はちゃんと言ったよ、一番!」
これ以上ミカゲの顔を見ていても罵りの言葉しか出てこなさそうなので、膝を抱えて背を向けた。
相変わらずどこを見ても真っ白。視線の置き場を失って、仕方なく自分の膝を眺める。
そのまま「もっかいミカゲが言って」と言えば、もはや何度目かもわからないため息が聞こえてきた。
「……また俺でダメなら、今度こそお前だからな」
「…………」
シーツの擦れる音がして、ミカゲが座り直したのがわかった。
「表情がころころ変わるところ」
「!」
さっきまでとは何かが違う回答に、わずかに胸が高鳴った。
「素直なところ。髪がきれいなところ。子どもと話すときにいちいちしゃがむところ」
「ちょ……」
たまらず振り返ったけど、ミカゲは私に背を向けたまま続ける。
「野の花を見てきれいだって笑うところ。何食ってもおいしいって言うところ。焚き火の前だとすぐ眠くなるところ」
「なに、それ……」
最後にいたってはいいところとかですらないじゃん。
呆然とする私を、やっとミカゲが振り返る。
「明るい声。意思の強い目。……その目が……」
——そこでふっと気が抜けたように。
「……その目が俺を見るときは、安心しきって柔らかくなるとこ」
泣きそうになるぐらいやさしい眼差しが、私を見ていた。
「ミカゲ……」
間違いなくそれは、愛する人に向ける目だ。私がずっとずっと、焦がれてやまなかったそれだ。
こんなに近くにいたのに、どうして今まで気が付かなかったんだろう。
(もし、もっと早く気がついていれば——……)
胸がぎゅうと締め付けられる。
その息苦しさに耐えきれずに下を向けば、
「……さ、もっかいお前の番だ」
今度は獲物を追い詰めたハンターかのような、自信ありげな声が私に迫った。
さっさとこんなところ出ていきたいのに。今もなお、この部屋には出口がないままだ。
「……昨日」
「昨日?」
「寝ている私に上着をかけてくれたのが嬉しかった」
「はあ?」
嬉しかったエピソード発表会じゃねーぞ、と呆れ顔のミカゲ。
私は「それはそうだけど」と続けて。
「キスしないと出られない部屋に連れていかれた日の前日……覚えてる? 急な雨が降って、みんなで近くにあった木の下に避難したの」
「ああ……覚えてるけど、それがなんだよ」
「あのときもミカゲ、私に上着を貸してくれたよね。私あのとき、それがすっごいあったかいのにびっくりして。自分の体が冷えてたことに、そこで気づいたの」
「…………」
「ミカゲっていつも人に興味ないみたいな顔してるのに、実はよく見てる。私が死にたがってたのも一瞬で見抜かれたし。……私がもう、あの村の中では生きていけない人間だってことにも気づいてくれた」
つらつらと思いつくがままに並べた言葉が、ようやく形になってきたのがわかった。
「そしていつだって、そのとき私が一番欲しいものをくれる」
安心する言葉、外の世界、温かい手。
全部もらった。私がほしかったもの全部。
ミカゲにもらったものが、今の私を形作っている。
「ミカゲのそういう……神様でも神使でもないのに、当たり前に人を助けてしまうところを……尊敬してるし、感謝してる」
やっと顔を上げることができたとき、ミカゲがまたあの目で私を見ていることに気が付いた。
知らず、涙が一粒零れる。気づけば手を伸ばして、シーツの上に置かれた彼の手に、自分のそれを重ねていた。
「だから……だからミカゲのそういう手に触れる度に、好きだなぁって思うよ」
私に暖かい上着をかけてくれた、冷たい手を思い出す。
——そう、いつだって自分のことは二の次な人だ。
私欲のために危険なまじないに手を出すなんてそんなこと、あるはずもない。
「メイ……」
「ごめんミカゲ、私が間違ってた。ミカゲはまじないなんてかけてないよね?」
重なった手をぎゅうと握る。ミカゲは少し目を丸くして、
「ああ、かけてない……はずだ」
……なんとも歯切れの悪い返事をした。
「え……? はず、とは……?」
「覚えはない。けどもしかしたら覚えてないだけで、昔の俺がスズワみたいに興味本位で試してたんじゃないかとか……」
つまりは自分に自信がないということだ。だから夕方の口論(私が一方的に拒絶した?)のときも、強くは否定してこなかったのか?
(なんじゃそりゃ)
思いもしなかった反応に完全に白けて、握っていた手を離した。
「いや……さすがに自分の血とかまで絞りとったのを覚えてないはありえなくない……?」
「ありえねぇよ。ありえねぇけど……俺じゃないなら、俺以外の誰かが俺にまじないをかけたってことだ」
それはそうなる。ミカゲの魂の情報さえ入手できれば可能だ。
「俺と両想いになるまじないでもない。俺と、俺の好きな奴が両想いになるまじないを、だぞ? わざわざそんなまじないをかける奴の気が知れねぇだろ……一体どこに需要があるんだよ」
「……なるほど」
不可解すぎて頭を抱えているわけか。まぁさすがにごもっともすぎる。
「でもそれは今から確かめられるんじゃない?」
「あ?」
「術者にまじないが問いかけてくるんでしょう、願いは叶ったかって。部屋を出たとき、ミカゲにそれが聞こえたら犯人はミカゲだし、聞こえなければ……どこかに物好きがいるってことだね」
じゃあ行こうか、ともうとっくに出ていた出口の扉を見る。
これまでの三部屋とまったく同じ造形の扉は、それがゴールであるとは示さない。
(これが見納めになればいいのに)
もはや術者なんて誰でもいい。とにかく願いは『叶った』と答えてくれ。
そう願いながら、真っ白なシーツを固く握った。




