28 セッ〇スしないと出られない部屋
「ミカゲごめん、私にはまだ恋愛とかそういうのはわからない」
私の言葉に、ミカゲは完全に意表を突かれた顔をしていた。
「でももうあの部屋の呪縛に囚われるのは疲れた。これから忙しくなりそうだし……それに寝不足で降霊に挑んで万が一、私のせいで失敗したりするのもいやだ」
「……いや、そもそも俺は——」
「だから今晩、四度目を終わらせよう」
「——!」
これにはミカゲだけでなく、ティナやアルトも驚いていた。
このまじないは〝二人で部屋から脱出する〟という過程を用いて男女二人の気持ちを近づけようとする、なんとも下品なシステムだ。
四度目の部屋を出た途端にたちまち恋に落ちてしまう、みたいな代物ではないと思う。
なら四度目だってこれまでと同じこと。くだらない指示を達成して部屋を出る。三度繰り返してきたことをもう一度するだけでいいなら、解呪だなんだと手を捻るよりもはやそれが一番手っ取り早い。
何より四度目の指示がなんであろうと、自分が穢れてしまうという不安が一ミリも湧いてこない。
何があったところで、心は巫女でいられるはずだという自信がある。
「これ以上の話はいらない。今晩が終わったら、これまでのことは全部忘れる。……そしてこの集落でのお手伝いが終わったら、これまで通り魔王討伐の旅に戻る」
これがミカゲの気持ちに対する私の答えだ。
良くも悪くも何かを変えようという気持ちはない。ただこんなまじないが始まる前の、あの大変だけど楽しかった日々に帰りたい。
「……ねぇメイ、少しはミカゲの話を聞いてやっても……」
「——わかった。さっさと四度目を終わらせようってのは俺も賛成だ。俺の話はその後でもいい」
「ちょ、ちょっとミカゲ……!」
ミカゲは苛立ったようにそう言い捨てて、そのまま森の方へと消えていった。
その背中にじくりと心臓が痛んだけど、ミカゲのしたことを思えば私の対応なんてやさしすぎるぐらいのはずだ。
「メイ……」
「ところでさぁ、そのまじないは効いてんのか?」
どれだけ私が怖い顔をしてもアルトはぶれない。
間の抜けた声に苛立って睨みつけても「どうなんだよ」とくりくりの目をきょとんとさせている。
「……一応聞くけどどういう意味?」
「お前ら両思いになったのか?」
今の私たちのやり取りを聞いて、どうしてそんなことを疑問に思えるのか……。
もはや馬鹿にしてるのかと思って「逆にどう思う?」と投げやりに訊いた。
するとアルトは素直に首をひねって、
「あー……ていうかお前らって、そもそも好き同士だったから関係ねーか」
「……はぁ?」
導き出された結論は、さすがアルトというかなんというか。
いつだって脳内がお花畑で楽しいね。
◇
夜になっても、ミカゲはハンジさんの家に戻ってこなかった。
ハンジさんとスズワさんも二人してずっと納屋の中をひっくり返しているので、家の中にいるのは私達だけ。
相変わらず囲炉裏の火だけが暗がりの唯一の灯りだ。アルトは昨日と同じくご飯を食べた途端に寝転んで、今はもう気持ちよさそうにいびきをかいている。
私も、ティナと並んで寝転んだ。降霊術はあれでそれなりに力を使う。多少気が張っているとはいえ、このまま眠りに落ちるのはそう難しいことじゃない。
「ねぇメイ、本当に大丈夫なの?」
「何が?」
顔を合わせて、どちらからともなく自然と指を繋いで。まるで睦言を交わすような闇夜の中で、
「次こそ『セッ〇スしないと出られない部屋』だったらどうするの?」
雰囲気も何もかもぶち壊す爆弾が放り投げられた。
「順当にいったらそういうこともあるんじゃない?」
「いや、あの……」
「まぁどうするも何も、セッ〇スして出てきてもらうしかないんだけど。四度目を受け入れるってことは、そういう覚悟でいないといけないよって話」
あまりにもティナが淡々と続けるので、そのワードは直接的すぎませんかと窘めるタイミングを逃した。
ただティナの意見自体はもっともだ。
「もちろん私も、そういう可能性を考えたことがないわけじゃないけど……」
「え、そうなの?」
「そりゃあ……今まで何度も考えたよ。次こそそうかも、今度こそそうかもって」
「そっか……」
「でもさ」
繋がった指に少しだけ力を籠める。
「術者がミカゲなら、内容を一切知らないまま、まじないを扱ったとは思えないし。そんなひどいことになることはないんじゃないかなぁって……それは安心してるの」
「……裏切られておいて、信用はしてるのも変な話ね」
「ほんとだね」
でも本当に信用してる。ミカゲはぶっきらぼうで無愛想でわかりづらいけど……本当はとてもやさしい人だってこと。
(だから……そもそもこんなまじないに、手を出すような人じゃないはずなんだけどな)
でもこの現状が事実なんだよなと、悲しい気持ちで目を瞑る。
そんな私の頭をティナが何度も撫でてくれた。
「じゃあ大丈夫。最後はきっと楽しい部屋よ。夜通しカードゲームしないと出られない部屋とか」
「二人でおなかいっぱい食べないと出られない部屋とか」
「思い出のアルバムを読み返さないと出られない部屋とかね」
「あ、それいい」
二人でくすくす笑いあって、楽しい気持ちのままだんだんと意識が溶けていく。
「おやすみ、メイ」
どこか遠くの方でティナの声を聞いて……それからたぶん、しばらく眠った。
目を覚ますと、前回と同じくベッドの上に寝転ばされていた。
今までのハッとするような感覚とは違って、脳みその中はまだ半分寝ている感じ。
ミカゲはベッドの縁に腰かけていた。視線は部屋にかかったパネルに向けられている。
私はその背中に向かって問いかけた。
「なんて書いてある?」
ティナと話したような楽しい部屋は、実際には存在しないだろう。
ここは強制的に男女の想いを結ばせる部屋。魔法の理屈も呪術の理屈も通用しない、人智を超えた力を持つ誰かの作品。
それの最終段階ともなれば、くだらない指示で終わるわけが——……
「相手の一番好きなところを言わないと出られない部屋、だってよ」




