3.キスしないと出られない部屋(1)
キ……スをしないと出られない部屋……?
「ま、真顔で何言ってんの?」
「ニヤついて言えばいいか?」
「そうじゃなくて。読み間違いってことは……」
「ない。他の訳があるとかそういうんでもなくて、なんつーか……説明がむずいけど間違いなく読めてんだ」
「はあ……」
キ……とはあれよな、思いを寄せ合う男女がするやつよな。あの、互いの唇をその……
……いやいやいや。どうにもこうにも状況に対して危機感に欠ける話すぎるでしょ。
意味がわからない。けれど、それがミカゲの創作だなんてことは微塵も思わない。
まずそんな冗談が言えるタイプの男ではないし、この状況でふざけるほど分別に欠けた阿呆でもないはず。
どういう種か仕掛けか想像もつかないけれど、ここはキ……スをしないと出られない、逆に言えばキ……スをすれば出られる変態部屋ということだ。
〝きっと私にいかがわしいことをする気なんだ!〟
……って、まさかさっきのあの思い込みが結局正しかったとは。
「やっぱり犯人は変態野郎だったね」
「そう……なのか。……やっぱり?」
「そうだよ、きっとどこかで私達の様子を見てるの! 私達がキ……するところを覗きたい変態なんだよ!」
まずい、耐性がなさすぎてキ……以上を口にすることすらできない。だって巫女だもの。清く正しく生きてきましたもの。
ミカゲがこれを私に最初に伝えなかったのも、今なら頷ける。
指示があまりにも馬鹿げてて、そもそも信じ難いのもあるけど……
「そんな意味のわからない策略に乗りたくなさすぎる……!」
「ああ、心底ムカつくな」
今すぐその変態野郎をぶちのめしたい気持ちを腹の中でぐつぐつさせながら、読めもしない文字を睨みつけた。
わかる、わかってる、どんだけ腹が立つとしても今やれることはそれしかない。もしかしたら私達以上の窮地に陥っているかもしれないアルトやティナのためにも、それは試してみるべきだ。
でも、でもぉ……!
「……別に変態野郎の掌でほいほい踊ってやるこたねーよ。他の方法を探すぞ」
「!」
さっきは〝従うしかない〟って言ったのに。
戸惑う私に、ミカゲが手のひらを差し出す。
「さっきの小刀貸せ、マットレスの中かっ捌いてみる」
何かあるかも? そこに? 何かって何が?
隠し扉が出てくるスイッチでも見つかればいいんだけどね。
……ミカゲだって、おそらく私と同じことを考えているはず。あるかわからない他の方法に時間をかけるより、とりあえず一発キ……ッスをかましてみる方がいいと。
それなのに、おそらく意味がないと思える行動をしているミカゲを、何もせずに眺める私。すごく不毛な時間だ。
いつものミカゲなら、こういうときグダグダ言う私を怒ったと思う。
でも今回決めなきゃいけない覚悟は怪我でも死でもなく、キ……スだから。私にとって初めてのそれだから……たぶん、配慮してくれている。
ずっと巫女として、清浄であるべき、穢れを避けるべきと言われて生きてきた私。
人との接触が禁忌とされ、誰かと手を繋いだ記憶も、抱きしめられた記憶もない。
そんな私の人生を、ミカゲ達が変えてくれた。
文字通り私の手を取って、「なんだよ穢れって。人をバイ菌呼ばわりしてんじゃねーぞ」なんて的はずれなことを言って。
――あの日以来私には、巫女の持つ清浄も、人の持つ穢れについてもわからない。
私はミカゲの手に触れた。だけどそれで、私が授かった加護がなくなってしまったなんてことはなかった。
ここまで旅をする中で、アルトやティナに触れることだってあった。それで私が穢れてしまったなどということは、死んでも思わない。
結局は清浄も穢れも、私達人間が勝手に考え出したもので。神様の本当のお望みなんてものは、巫女にも誰にもわからないということなのではなかろうか。
じゃあキ……スだって。それが今更なんだっていうの。
もちろん、今度こそ穢れたとみなされて龍神様に見限られるかもしれない。そうして加護の力を失った……ただの人になった私は、このパーティーでの存在価値すらも失うだろう。
やっと手にしたこの居場所を、手放すことになるのはもちろんつらい。独りぼっちに戻るのはとても怖い。
――でもそれで仲間が助かるなら……
「……ええい、キ……ッスがなんぼのもんじゃい!!」
「は!?」
「ミカゲ! こっちきてここ座って!」
仲間のためならなんだってできるって言った! それは絶対嘘じゃない!
眉間に皺を寄せて険しい顔をするミカゲの腕を引いて、ベッドの縁に座らせた。その上で、勝手に動くなよと圧をかけつつ、両肩に手を乗せる。
幸いキッ……スの相手は変態野郎本人でも見知らぬ他人でもない。私を故郷のあの村から救い出して……今の自由を与えてくれた、恩ある男だ。
初キ……スを捧げる相手としては、幸いにも不足はない。ありがたく受け取れ!
「おい、無理すんな。まだ他にも試せそうなことを探しゃいい」
「……ありがとう。でも、大丈夫」
覚悟は決めた。たとえこれで巫女でいられなくなったとしたって、選択を後悔したりはしない。
……あ、でも肝心なことを忘れてる。
「み……ミカゲは、私でもいいですか!?」
私はよくても、向こうがダメなのかも。
それは割とショックかもしれないなと思いながら、おそらく驚きでいつもの倍は見開かれたミカゲの目を見つめた。
(何言ってんだこいつ)と私のセリフを噛み砕いていそうな時間が数秒。その後、少しだけ彼の肩の力が抜けたのを感じた。
「……お前がいいならな」
呆れたような表情をしつつも、少しだけ唇の端を上げるミカゲ。初めて見る、柔らかな顔だった。




