2.〇〇しないと出られない部屋(2)
野営と違って、この上質そうなベッドはさぞ寝心地が良かったことだろう。起き上がったミカゲの短い黒髪にはところどころ寝癖がついていて、こっちの気も知らないでと腹が立った。
この心細い状況で仲間に会えたのは嬉しい。安堵で情けなくも腰が抜けたのは事実だ。
でも私が不安に苛まれていたときに、こいつだけ安眠を貪っていたのは納得がいかない。
「もぉぉぉいるなら最初から起きとけ~~~!!」
「次は泣いてんのか? 一体何があったんだよ」
「あんたもなにも知らないの~!?」
「知らね」
さすがに仲間が変態野郎だった線は消えたらしい。けれど特に事態が好転するわけでもなさそうだ。
私はうっかり目尻に滲んだ涙を拭って顔を上げた。
「私も……気がついたらここにいたの。ここがどこなのか、どうしてこんなところにいるのかわからない」
「アルトリウスとクリスティナは?」
「わかんない。最初は私一人だと思ってたけど、ベッドであんただけが爆睡してた」
「はあ? なんでだよ」
「知らないって! もう……とにかく出入口がみつからないから、一緒に探して!」
逸る気持ちを抑えきれずに声を荒らげる私を他所に、ミカゲは黙って周りを見ていた。
……焦りとか不安とか、そんな感情はミカゲの顔には出てこない。いつも通りの仏頂面。そんな彼を見ていたら、次第にこっちも落ち着いてきた。
ミカゲはいつも、危険な時ほど静かにものを考える。行き当たりばったりで突っ走りまくるアルトとは真逆の性格。
「あのパネルの文字……読んだか?」
しばらくして、やっと何か言ったと思ったらそれだった。
「読めないよ、あんな民族文字。どこの言葉だろう……」
「……そうか」
「……? なんか奥歯に挟まってる?」
「…………いや。んじゃまぁ探すか、出口」
絶対挟まってんじゃん、と思ったけどそれ以上追求する時間ももったいなくて、そのまま出入口探しを再開した。
ベッド下を含むありとあらゆる床、天井、もう一度壁。隅から隅まで鞘で叩いたりして、石壁の向こうの空洞を探した。
けれど、どこにもなにもみつからない。
部屋は完全な密室だった。
「こんなことありえるの……?」
「壁を壊そうにも俺の刀も何もねぇし……」
ミカゲはそう言ったもののモノは試しとでも思ったのか、おもむろに壁を殴りつけた。
けれどそれで石壁がどうにかなるわけもなく、ただ壁に拳の血が滲んで、なんとなくこの部屋の居心地の悪さが増しただけだ。
「魔法……なのかな……」
そう呟いた私を、ミカゲが横目で見る。
わかってるよ、魔法でなんでもできるわけじゃないことぐらい。でもこの世の不思議なことは、大体魔法だったりもするじゃん。
「この部屋、こんなに隙間も何も無いのに空気が薄くなったりしないんだよ。光源もみつからないのにしっかり明るいし。なんというか、この世の理に反してる感じ……これは魔法だと思う」
「でも、お前の加護の力は……」
たしかに私が崇める神――龍神様から授かっている加護には、退魔の力がある。だから私は基本的に魔法による外的影響を受けることがない。
ただ……
「いろんな理由で、加護が万能じゃなくなることもあるから」
「……なら……今一番考えられる可能性はそれだな。じゃあ魔法の使い手をどうにかするしかねーか」
「どうにか……外にいるアルトやティナがなんとかしてくれると信じて待つ……?」
「俺達がこんな状況なんだ、あいつらが無事とは限らねーだろ」
「それはそう」
じゃあ私達、もう詰んでるってこと?
「どうしたら……あの文字が読めれば何か変わるのかな……」
壁にかかったパネルを見上げる。もちろんあのパネルそのものになんの仕掛けがないことも、裏の壁に扉や穴がないことも確認した。
じわじわと焦りが募る。
するとミカゲが舌打ちしながら言った。
「……チッ、従うしかねーみてぇだな」
「従うって? 何に?」
「あのパネルの文字の指示に」
「へっ……!? よ、読めるの!? あの文字!」
「俺の師匠が持ってた書物に、あの文字が使われてるもんがあった」
暇つぶしに読んだことがある。
……と。それを聞かされた私の口からは渾身の、
「はああああああああ!?」
が出た。そりゃあ出る。腹の底から出る。石壁の割に音の反響がない部屋なのが救いだった。
「読めてたなら言ってよ! なんで今まで黙ってんの!? 意味わかんないんだけど!!」
「他の脱出経路がみつかるならその方がいいと思ったんだよ」
「他の……って、やっぱりあれには脱出方法が書いてんの!? 一体なんなの!」
どれだけ危険なことが書かれてるんだか知らないけど、先にお互いそれを把握した上で、他の手段を探すかどうかを天秤にかけたってよかったはずなのに。それを私に伝えるという選択肢すら、端から排除されていたのが気に入らない。
私ってそんなに信頼されてない? 私はたしかに腕っぷしなんて立たないし体力ないし、ミカゲからすれば頼りない存在かもしれないけど。でも……
「私だって、仲間のためならなんだってできるよ……!」
信じてほしい、とミカゲの目を見つめた。
彼の青みがかったグレーの瞳は一見冷たく見える。けれど、
「……んなこた知ってるよ。わるかったな」
――けれど決して、冷たい人なんかじゃない。
言い方はぶっきらぼうだったけど、そんなのはいつものこと。私はほっと胸を撫で下ろした。
しかし私から目を逸らしたミカゲが、それでもまだ何かに苛立ったように前髪をかき上げる。
それから「言っとくが」と続けて、
「今から言うのは、あくまであそこに書かれてることだ。断じて……断じて俺の願望やどさくさ紛れの嘘じゃねぇぞ」
割と意味のわからない念押しをされた。
「は……? いや、うん……別にそんなこと疑わないよ」
「……キスをしないと出られない部屋」
「…………は?」
ぼそぼそとアホみたいなワードが聞こえてきた。
……いや、こんな不気味な密室で、仲間の安否もわからない緊迫した状況で、そんなアホな話があるわけ……ないない。
「なにをしないと出られない部屋だって?」
聞き間違いだと思って聞き返した。
そしたら今度ははっきりと、
「〝キスをしないと出られない部屋〟だと」
ふてぶてしい仏頂面から繰り出されるアホワード。
まさかこれが、これから私達を散々苦しめることになる〝呪い〟の始まりだったなんて――このときは思いもしなかった。
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