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1.〇〇しないと出られない部屋(1)

【水を司りし我らが龍の神は、地上の神使(しんし)に清らかな乙女を選ぶ。

 神に使えしその清らかな乙女――巫女(みこ)は、神より授かりし加護の力をもって、人々に恩恵を与えることが神命である。

 ゆえにその清浄を保つため、巫女は決して穢れに触れてはならない。】

 

 ――それは長い間私を縛り付けてきた、忌まわしい掟。


 曰く、穢れとは人そのもの。

 巫女として神の加護の力を授かったあの日から、私は人に触れることはおろか、まともに話すことさえ許されずに生きてきた。

 それを孤独だと嘆くぐらいには、私はただの人だというのに。


 掟が、掟を作った村が、とにかく嫌いだった。

 だけど……それでも私は、生まれ育った村に誠心誠意尽くしてきた。

 村の平和と安寧を毎日祈り、結界で村を守り、怪我人や病人を癒し、求められれば失せ物探しでも魔物退治でもなんでもやった。私に助けを求めてやってくる村の外の人達にも同様に、私にできることならと力を尽くした。

 誠意が、努力が、いつか報われると信じて。こちらが無償の愛を示せば、相手もきっと私を愛してくれると――そう、願って。


 二十年。

 与え続けて与え続けた。それでも何も、変わらなかった。

 私から搾取することを当然のことだとしか考えない村人達。家族や友人、愛しい者に向けるあの眼差しが私に向けられることは終ぞなく。

 私は巫女であって人ではないのだと、そう受け入れて心を守るしかなくなった。

 

 ――でもそんな私に転機が訪れた。今から六月(むつき)前の秋のこと。

 

「俺達と一緒に来い」


 その誘いに乗った……いや、乗らざるを得なかった私は古ぼけた村の巫女から一転、魔王討伐を目指す勇者パーティーの巫女になった。

 独りを嘆く夜はもう来ない。私には大切な大切な、仲間ができた――

 ……はずだった。

 

 

 ◇

 


 ふと気が付くと、真っ白な部屋の中にいた。


(は……? どこ、ここ……)


 壁も天井も床も等しく白い。光源がどこかもわからないぐらいに全てが真っ白。この前泊まった宿屋のツインルームより断然広く見えるけど、それもそこらじゅうが白すぎるが故の錯視かもしれない。ただ天井は低めで若干圧迫感がある。


 この白さを維持する清掃技術は素晴らしいけれど……どこか異質で不気味。失礼ながら、あまりセンスのいい部屋だとは思えない。

 ……まぁ、部屋の好みが合わないのはそれはそれとして。

 

 問題は、私がこの部屋に入った記憶がないことだ。

 

 そもそも今の今まで何をしていたんだっけと冷静に直近の記憶を手繰り寄せる。

 まず私は、魔王討伐を目指して旅する勇者パーティーの巫女で、名前はメイ。治癒能力や結界術で仲間のサポートをするのが主な役割。

 

 今日だってもちろんその旅の途中で――次の街を目指して、森林を通り抜けるところだった。

 しかし道中、勇者のアルトリウスが人の背の高さに届こうかというサイズの巨大ウサギを発見。

 

「今日の晩飯はアイツにしよーぜ!!」

 

 と大剣掲げて追いかけ回した、ものの……地の利はウサギにあり。結局逃げられた上に、むちゃくちゃに走り回ったせいで本来の道を見失い、パーティーの一同揃って盛大な迷子になった。

 

 せめてウサギが捕まえられていればまだ、美味しいお肉で和むこともできただろうに。

 最悪なことに唯一私たちに残されていた食料は、魔法使いのクリスティナが保存食として用意していたイモリの黒焼きのみ。一般的には薬の材料として用いられるらしいそれは、苦くて固くて臭い。

 ティナだけがそれを美味しそうに頬張る中、残りのメンバーはみんな苦悶の表情で咀嚼した。咀嚼音がクシャ……ミチ……ギュムギュム……なのは私が知っている限りこの食材しかない。

 

 それからは腹が減ったまだまだ何か食べたいそれが無理ならせめて寝たいと駄々をこねて嫌がるクソガk――アルトに火の見張り番を押し付けて、薄い布一枚を引いただけの地面に各々寝っ転がって眠りについた。

 明日こそはふかふかのベッド……もしくは巨大ウサギの毛皮の上で眠るんだと決意して。


 ――うん、そう、間違いなくそれが最後の記憶。

 

(なのにどうして……私一人で、こんな変な部屋にいるの?)


 とにかく一度部屋の外に出よう……と視線をぐるりと一周させる。

 そしてこの部屋の更なる異質さに血の気が引いた。

 

 この部屋……扉がない。


 それどころか窓すらない。

 あるのは部屋の真ん中に、これまた真っ白なベッドが一つ。私一人分にしては随分大きい。

 それと壁掛けの……白いパネル。そこに一行だけ墨で字が書かれているけれど、異国の文字のようで読むことができない。あれにはこの部屋についての何かが記載されていたりするんだろうか。隠し扉の場所とか……?

 

(……落ち着け、大丈夫、なんとかなる)

 

 見覚えのない部屋。みつからない出入口。消えた仲間達。

 考えれば考えるほど恐怖心が迫り上がる。パニックにならないようにと、とにかく深呼吸を意識した。深く吸って、長く吐く。そうしながら今度は注意深く壁伝いに歩いて、隠し扉を探すことにした。

 どうやってかは知らないけど、入ったんだから、出られるに決まってる。見えない出入口が絶対ある。


 けれど壁にはほんの僅かな継ぎ目も穴も何もなかった。

 じゃあ次は床だと這いつくばって、


(いや……どう考えてもベッドの下があやしいでしょ!)


 そう思い至り、ベッドを寄せることにした。

 なんとなく距離をとっていたそいつに歩み寄る。

 するとベッドの中央の……真っ白な掛け布団が、少しこんもりしているのに気がついた。


(ふ……布団の下に、何かがある……?)


 ベッドなんだから、そりゃ誰かが寝てるのかも。

 で、誰かって、誰よ。

 

 ここで仲間が寝ているのかもなんて幸せな想像はできなかった。もちろんそれなら嬉しいけど、一番可能性が高いのは……私を誘拐してここへ放り込んだであろう、犯人なんじゃないの?

 ……こんな殺風景どころじゃない部屋にベッドだけが置かれているなんて変だと思った。きっと……

 


 きっと私にいかがわしいことをする気なんだ!

 


 ピンと来た。旅の道中の私をどこかで見初めてしまった変態が、こんな手の込んだことをしたのね。巫女装束って刺さる人には刺さるらしいから困るわ。こっちからすればただの仕事着なのに。

 

 まぁこれで状況はすべてわかった。

 そういうことなら……その変態をしばきあげて帰らせてもらうしかないわ。


 いつも使っている弓矢は残念ながら今手元にないけれど、腰に差していた小刀はそのままだったので、迷わずそれを抜いた。

 甘いぞ変態、丸裸にでもしておかなかったのが運の尽き。

 正直、近接戦にあんまり自信はないものの……四の五の言ってもいられないし。腹を括る。

 

 ふー……と、長い息を一つ。

 それから勢いよく布団を捲り上げると同時に、ベッドの上へと飛び乗った。そして案の定布団の下から現れた人間の瞼の先に刃を突きつけて、


「この変態野郎! 死にたくなかったら私をみんなのとこ、ろに――……」


 威勢よく張り上げた声は徐々に萎んだ。


「ああ……? ったく、朝からうるせーなメイ……」


 すぐそばに剥き出しの刃があるというのに。私の真下にいるそいつは、大きな口で欠伸をしながら悠々と伸びをして、「今何時だ?」なんて眠そうな声で言った。


「こ……こっちが聞きたいわ、ばかミカゲ!」

「なにキレてんだよ」


 私が想像した変態野郎はいなかったのか、それともこいつが変態野郎で間違いないのか。

 布団の中でぐーすかぴーすか眠っていたらしいその男は、同じ勇者パーティーの剣士のミカゲだった。

 

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