26 両想いになるおまじない
しばらくはそのまま、ゲンゾさんとタマリさんでお話してもらう時間を作った。
こっちはいつになっても構わない——と、そう思っていたけど。
《あらそういえば、巫女様の聞きたかったお話というのは?》
数分も経たないうちにタマリさんの方から話を振ってくれた。
「いえ、私は後で——」
《あんまり長く向こうを離れてるとおじいさんが心配しちゃうでしょう? だからそろそろ帰ろうかと思うんだけど》
はや。驚く私にゲンゾさんは「ああ、わしもばあちゃんとじいちゃんが今でもラブラブだと知れて満足だ」と嬉しそうに笑う。
「いいんですか? 降霊術でこの世へ魂を呼び戻せるのは一つの魂につき一度っきりです。また明日、はできません」
「本当ならその一度っきりさえなかったんだから十分だ。ありがとうございます」
《ええ、久しぶりに孫の顔が見られてよかったわ》
「……じゃあ」
ゲンゾさんにぺこりと会釈をしてからタマリさんに向き直った。
「私がお聞きしたいのは、タマリさんと旦那さんとの馴れ初め……主に、とある部屋に閉じ込められたという夢のお話についてです」
《えっ、やだぁ、あのおまじないの話?》
「えっ」
出た、おまじない。
《あのおまじない、また流行ってるの?》
「……流行りかはわかりませんが、先日その部屋に閉じ込められまして……」
あんなものか流行っててたまるかと思いつつ現状をお話する。
《あら。あらあら、まぁまぁ》
「?」
こちらは一刻を争う事態なのだけど、タマリさんはなぜか面映ゆい様子で口元を抑えて笑った。
《閉じ込められたとき、誰かと一緒だったでしょう?》
「はい」
《それはね、その方からあなたが想われている証拠なの》
「……はい?」
後ろからミカゲの「は?」も聞こえた。
《もうおじいさんは怒らないと思うから言っちゃうけど……私がまだ若かった頃、とあるまじない本が流行っていたの》
「まじないの本?」
《ええ。好きな人と両想いになれる、恋のおまじないについて書かれている本よ》
スズワさんから聞いた話と同じだ。
「そのおまじない本って、この字で書かれているものですか?」
あの字のメモ用紙をタマリさんの前に掲げた。
《そうそう。懐かしいわぁ。あれはとても不思議な本でね、書かれているのは知らない文字なのに、なぜか読めるのよ》
間違いない、ミカゲやスズワさんがお師匠さんの家で読んだものと同じ本だ。
繋がらなかったはずの話がやっぱり繋がった。
それが何を意味しているのか……想像を巡らせて一つの可能性に行き着いたとき、背中に嫌な汗が伝った。
「その本に書かれたまじないをすると、まじないの術者と対象……術者の〝好きな人〟が、あの部屋に閉じ込められることになるんですか?」
自分で聞いておいて、そのとんでも理論に眩暈がしそうだった。
魂の情報を用いて、その情報主になんらかの作用をもたらすのがまじないや呪いというものだ。
それが情報主の好きな人とかいう赤の他人の肉体にまで影響を及ぼすなんて。ありえない。たとえあったとして、そんな恐ろしい術をおまじないなんて生易しい名前で呼んでいいものか。
大体『男女二人をいやらしい部屋に閉じ込めて強制的に恋心を芽生えさせる、吊り橋効果理論大暴走なおまじない』が正しかったなんてそんなわけ……
……だめだ、考えれば考えるほど頭が痛い。
《うーん、どうかしら。私はそうだったけど。お友達はおまじないをしても何も起きなかったって言ってたの。私のときと何が違ったのかはわからないわ》
それはおそらくスズワさんのパターンと同じことだ。まじないなんて誰でも彼でも成功するものでもない。単純な話タマリさんには呪術の才能があって、お友達にはなかったということだろう。
なんにしろ、
「タマリさんはその本に書かれた通りにまじないを行って、旦那さんとあの部屋に閉じ込められたんですね。そして部屋の指示を達成し、晴れて〝両想い〟に……?」
《ええ。……おじいさんはずっと夢の中の出来事だと思ってたから、おまじないについては知らないんだけどね》
「部屋に閉じ込められたのは一度じゃないですよね、何度か続いたんじゃないですか? それでも旦那さんはずっと夢だと思い続けてたんですか?」
《私がずっとしらばっくれていたからねぇ、うふふふふ》
「……その夢はいつ終わったんですか?」
未だ信じがたいが仮にそのまじないというのが、今私の身に起きているものとして進めよう。
タマリさんが辿った道は、これから私が通る道だ。
《四度目の夢を見たときに終わったわ》
「四度目……!」
私達がこれまで強制連行されてきたのは『キスしないと出られない部屋』『目の前の液体を飲み干さないと出られない部屋』『密着していないと出られない部屋』の計三部屋。
次があったとしたら、それが四度目。
これはもう終わりが見えている……と前向きに捉えるべき?
《夢から目覚める直前、誰かに聞かれたの。望みは叶ったか? って。だから私、叶ったわって答えたの。あの人も私を愛してくれているってわかったから》
「そしたら……もうその夢は見なくなったんですか?」
《そうよ。だからあの本も知り合いにあげたの。私には必要がなくなったから》
本は何冊もあるものだったのだろうか。それとも一冊の本がそうして次々と人の手を渡ったか。
「ちなみにその本に、おまじないの解き方は書かれていましたか?」
《いいえ、なかったわ。〝一度始まったおまじないは途中ではやめられません〟って注意書きならあったような気がするけどね》
そんなことだろうとは思った。
おまじないにはそもそも解呪という概念がない。
呪いとおまじないは大きくは人に害のあるものかそうでないかで分けられる。ただそもそも、儀式の過程がまったく異なるものでもある。
呪いには贄が必要だが、まじないにはそれがないのだ。
だからこそまじないには害ある魔が宿らない。ないものを解くことは不可能。
(私の解呪の儀が失敗したのは当然だったってことか)
これまでの現象に退魔の力が通じなかったのもこれに近い。
ティナが私に飲ませようと、善意で浴びせた水魔法と同じだ。あらゆる魔道具なんかもそう。悪意や害意の籠らない魔法やまじないには、私の退魔の力は反応しない。
でも贄のない術だからこそまじないというのは効果が薄く、ほとんどがただの気休め程度の効果しか持たないはずなのに。……普通なら。さっきから普通が何も通用しないのが腹立たしい。
それにこのまじないはこんなにも人に害を与えているじゃないか。こんなのはまじないという名の皮を被ったまったく別の何かだ。
本の著者……おそらくまじないの作者である人物は、一体何を考えてこんなものを——……
「……念のため聞くんですけど、まじないの儀式の際には蛇の生き血とか、猫の生首とか捧げてませんよね?」
《やだぁ、蛇の生き血なんて。用意したのは自分の生き血よ》
両想いになれるおまじない♡ なんてかわいらしいものにそんなものを添えるのも嫌だけど。それはあくまで儀式に必要な魂の情報であって、贄ではないんだよなぁ、たぶん。
「ありがとうございました。お話が聞けてよかったです」
《お役に立てたならよかったわ》
納得いかない点も多いけど、しっくりきた点もたくさんある。大収穫だ。
——でもいっそ、何も知らないまま四度目を迎える方がよかった、なんて。
タマリさんは再びゲンゾさんと二言三言話した後に、にこにこと手を振って姿を消した。
何もなくなったそこに立ちすくむ私に、ゲンゾさんが言う。
「巫女様……本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
「よければお礼に一杯どうです? あ、いや。どこで巫女様の思われ人が見ているかもわかりませんな、失敬失敬。わはははは」
「…………」
愛想笑いすら返せなかった。




