25 降霊術
降霊術。
私の行うそれは、元を辿れば神の声を聞くためにあったものだという。
加護の力とはまた違う、私自身の呪力によって行う術だ。
おばばに叩き込まれたこの術を、これまで自分のために使ったことは一度もなかった。
「――では今からタマリさんをここに、降ろします」
準備が整った頃には日が暮れかけていた。
仲間やゲンゾさんのみならず、ハンジさんはじめスズワさんや集落の人々に囲まれる中、即席の祭壇に大きな平盃を置き、並々と水を注ぐ。
そしてゲンゾさんの許可をいただいた上で、タマリさんの魂の情報である遺髪をその水の中に沈めた。
最後に、予め塩で清めた地面に描いておいた陣の上で手印を組み、降霊の祝詞を唱える。
「降霊術なんて……インチキじゃないの? 胡散臭い」
一節で済む治癒の祝詞とは違って、降霊の祝詞はやたらと長い。その長い祝詞を唱えている間、後ろからスズワさんとミカゲの会話が聞こえてきた。
「メイがここでインチキをやる意味なんかねーだろ。黙って見てろ」
「お婆さんが乗り移ったフリでもするの? そうだとしたら笑っちゃうかも」
東の島国の人達は、巫女の降霊術にあまり馴染みがないみたいだった。今のところギャラリーの誰からも信用されていないのが肌感でわかる。
降霊術が巫女にしか扱えない高度な術であることは間違いないものの、私の国では割とカジュアルに求められる術だったんだけどな。失せ物探しとか、聞き損ねた遺言の回収とか。
スズワさんが〝乗り移ったフリ〟と言ったのは、術者が霊魂を自分自身に〝降ろす〟のを想定しているからか。たしかにそれならインチキ商売が成り立ちそうだ。
けど私は、もっとわかりやすい場所に降ろす。
長い祝詞を唱え終えた後は、その場で目を瞑る。
当然瞼の裏は真っ黒だ。だけど少しずつ少しずつ、そんな視界が晴れてくる。
するとまるで自分が、空とも海ともつかない世界に放り出されたような感覚に切り替わる。
遠くに見える水平線。頭上に広がる果てのない青。足元には、切り取ったように自分が写り込む水面。その奥に広がるのは空だ。
水面を歩いても音はない。悲しいぐらいに静かできれいな空間。
そこで私は人影を探す。
探すと言っても、大体の場合は既にもう見えている。
今回もそう。小さな背中の白い影に近づいて、ゆっくりと声をかけた。
「こんにちは、タマリさん」
影が振り返る。
「あら、こんにちは」
「はじめまして。私は巫女のメイと言います」
「はじめまして。今日もいいお天気ね」
「ええ、本当に」
影は真っ白で、シルエット以外は何もわからない。
私が遺髪程度の魂の情報から辿れる魂の形なんてのは、これが限界だということだろう。
ただこの影がタマリさんであることは間違いないらしい。ならここでお話を聞くだけ聞いて帰ることはできる。
でも今回は、ゲンゾさんのためにもタマリさんの魂を降ろすと約束している。
「突然すみませんが、下界の方で少しお話を聞かせていただけませんか? お孫さん……ゲンゾさんもお待ちです」
「あらそう。はいはい、行きましょう行きましょう」
タマリさんはとても話の早い方だった。
勝手にどこかへ歩き出した後に、「で、どこへ行けば?」と振り返ってくれるチャーミングさもある。
「では」
手の平を上に向けて差し出せば、「まぁ」と。少し気恥ずかしそうにしつつ手を取ってくれた。
すると私の視界は現実世界へと切り替わる。あの世界と比べると彩度も明度も低い、目に優しい世界だ。
術は無事成功。あとは待っているだけで、少しもしないうちに平盃の水面がぼんやりと輝き出す。
「な、なんだ……?」
私の後ろの控えるゲンゾさんが戸惑いの声を漏らした。
そのうち水面の光は徐々に輝きを増し、溢れるように広がった。
そして盃の上にうっすらと……しかし確実に、人の姿が浮かび上がる。
それは今度は真っ白な影なんかじゃなく、深い笑い皺の刻まれたかわいらしい女性の姿をしていた。
「ば……ばあちゃん……!」
ゲンゾさんが震える声でそう漏らすと、周囲は一段とざわめいた。
《やだゲンゾ、どうしたの? おばけでも見たみたいな顔して》
『その通り、あなたおばけなんですよ』とおばけジョークにツッコむか悩む。
現れた人影がおしゃべりまで始めたと、皆さんに広がる動揺も半端じゃないし。
とりあえず私は祭壇の中心をゲンゾさんに譲るように避け、しばらく事を見守ることにした。
元々呼び出させてもらったのは私達のためだったけど、そんなのはタマリさんの家族を後回しにしていい理由にはならない。
《会えてうれしいわ。元気だった?》
「ばあちゃん……ばあちゃんこそ……! もう死んでる人にこんなこと言うのもおかしいけど……」
《私は元気よぉ。今もおじいさんと仲良くやってるわ》
語尾にハートマークが付きそうなおちゃめさだ。
だけどそれを聞いたゲンゾさんは膝から崩れ落ちていた。
「よ……よかった……じいちゃんと一緒にいるのか……!」
《ええ、もちろんよ》
「よかった……ばあちゃんの体、じいちゃんと同じとこにいさせてやれなかったから……! あんなに仲が良かったのに、もしあの世で二人が会えてなかったらどうしようかと、ずっと……!」
ゲンゾさんの目から涙が零れ落ちた。
そんなゲンゾさんにタマリさんは軽やかに笑う。
《あらぁ、別にいいわよぉ。私たち、こっちでもとーってもラブラブなのよ。体なんてそんな細かいことは気にしなくていいわ》
「こ、細かいことって……」
《きっとみんなそうよ。ここには死ぬ前の体のことでごちゃごちゃ考えてる人なんていないと思うわ。……今生きているあなたたちが幸せなら、それだけで私たちはとっても幸せ》
「ばあちゃん……!」
ゲンゾさんは顔を覆ってむせび泣いた。
そしていつしかその後ろからもちらほらと、鼻をすする音が聴こえるようになっていた。




