23 密着していないと出られない部屋
限界じゃないって言ってたのに! 腕組みしたまま急に落ちた!
そこから慌てて起こそうとして、すんでのところで思いとどまった。
(ちがう、ミカゲはここにいる!)
ここに〝いる〟ってことは、あの部屋には〝いない〟ということ。あれは夢の中のできごとじゃないから、肉体の有無でちゃんとわかる。
つまり今ここにいるミカゲと、アルト(もしくはティナやその他の人々)の大惨事は起きていない。
今なら女神様の結界も、もう一つの仮定だった〝夜〟という時間も関係ない。
——やっぱり最初から、私とミカゲの組み合わせだけがアウトなんだ。
それはなんでなんだってとこはまだまったくわからない。
だけど魘されてるような様子もなく静かに寝ているミカゲを見ていると、これからは私達二人が一緒に眠らないってことを徹底すればいいだけ。お互い一徹ずつで済む。なんて楽なんだろう。幸せ。……と、やけに前向きになれた。
(でもさぁ、どうせ寝るなら火の傍にしてくれればよかったのに)
火どころか眼前に広がるのは湖だ。このままだと冷えてしまうと、借りていた上着を脱いで布団代わりにミカゲの体にかけた。
冷えて風邪を引くのも心配だけど、今起こしてまた「メイの後じゃないと寝ないマン」になっても困る。こうなったらもう朝まで寝てもらいたい。気まずくなっているであろうミカゲに「いいよいいよ、よく寝てたね。やっぱり無理はよくないよ」とか余裕綽々で言いたい。
しかし内心で勝手にほくそ笑む私に罰が下った。
トンと、肩に増える重み。頬に触れる硬い髪の感触。
ギギギ、と錆びた音が鳴りそうな速度で振り向けば、眠ったままのミカゲが私の肩に頭を乗せていた。
(こ……ここで寝るの!?)
脳内はどったんばったんしつつも体は一ミリも動かさなかった。というより動かせなかった。
ミカゲがこんなに熟睡しているところなんて初めて見る。なんだか、この寝顔を絶対に守らなければという気持ちになった。
しかしはたしてこのまま朝まで耐えられるのか……丸一晩かけるあまごいの祈りより、よっぽどすさまじいプレッシャーを感じる。
それから寒さに耐えるために身を縮こまらせつつ、なんとか肩の重みについては忘れようと星を眺めたりした。
かつて村の人々から隔離された生活には、ありあまる時間があった。だから私はいつも本を読んで、花の名前や星の名前を覚えたりしていた。
(たぶんあれがツツジ座、あっちが……ミツバチ座かな)
ふわふわした記憶を頼りに、頭の中で星に線を繋ぐ。
けれど徐々に星の輪郭がぼやけてきて、何がなんだかわからなく——
——やばいやばい。
今一瞬意識を持っていかれそうになって、慌ててごしごしと目を擦った。
肌寒い夜のはずなのに、ミカゲに触れている半身だけはすごく温かい。
そしてミカゲの気持ちのよさそうな寝息に、こちらもつられそうに——……くっそ、だめだめだめ。
今、ここで、寝たら! 次こそあの部屋で! 何をさせられるかわかったもんじゃない!
「あれがたぶんハリネズミ座、そんであっちが……たぶんタツノオトシゴ座!」
次は声に出す作戦で眠気を凌ぐことにした。ミカゲを寝かせてあげたい気持ちは山々だけどここで私が寝てしまえばどうせ共倒れだし、もう起こしてしまったらしまったで仕方がない。
「あとー……あとー……あ~~わからん……」
瞼が重い。一度俯いて、指でぐっと眉間を押して――……
――あらためて星を眺めようと目を開けたら、そこにあるのは夜空ではなかった。
(や……やらかした……!)
一瞬のうちに目が冴えた。
優しくきらめくあの星空の輝きが、目を焼くような真っ白天井に変わってしまっていた。
まるで自覚はなかったけれど、一瞬意識が飛んだか何かだ。その瞬間に連れてこられてしまった。
「うぁぁぁ~~……」
自分のあまりの愚かさに頭を抱える。後悔とか罪悪感とかいろんなもので押しつぶされそうだった。
——それからすぐにハッとした。
今まで二回とも私は突っ立った状態から始まったのに、今日はベッドに寝かされている。
ただでさえ何もわからない現象なのに、これまでとも何かが違う。それはとてつもない恐怖だった。
「み、ミカゲ……!?」
咄嗟に跳ね起きてミカゲを探そうとして、
「騒ぐな、ここにいる」
私の体はもう一度ベッドに沈んだ。
「は、え!? ミカゲ!?」
声は間違いなくミカゲだった。だけど後ろから抱きすくめるようにして寝転ばされているせいで顔が見えない。
「わりぃな、いつの間にか寝てたみたいで」
「い、いや、それはむしろ私の方がごめんなんだけど……」
それよりなに、この状況?
ミカゲの吐息が首筋を掠める距離。背筋がぞくぞくと震える初めての感覚に、思わずシーツを鷲掴んだ。
「見えるか、今回の指示」
「え、う、うん……相変わらず読めないけど……」
「〝二人で密着していないと出られない部屋〟だそうだ」
「みっ」
「窮屈だろうが離れんなよ」
お腹に回ったミカゲの腕に、さらにぎゅうと力が籠る。
それに合わせて、心臓の鼓動がこれ以上ないほどに激しさを増した。
「みっ……」
密着? それって一体いつまで? いつまでこの状態なんですか?
こんなの五分も続けば心臓が破れて死にますが。
「……寝不足の体におあつらえ向きなお題じゃねぇか」
顔の見えないミカゲが呑気に言う。
あなたからすれば大したことじゃないのかもしれないけどねぇ、と嫌みの一つでも言ってやりたいのに、さっきから口ははくはくと無様に空気の出し入れを繰り返すばかり。
「嫌かもしんねーが我慢して寝てろ、こうしてるだけでそのうち出られる」
言うは簡単だけどさ。
ただ寝てるだけなのにいっぱいいっぱいすぎて、よくわからない涙が滲んでくる。
だけどふと思った。
(『嫌』なわけではないかもしれない)
心臓は破れそうで全身が熱くて頭の中は沸騰しそう。
だけどミカゲに触れていることそのものを『嫌だ』とは思わない。
これは気持ち悪いとか不快とか、穢れへの不安とかっていう感情とはまた違って、ただ……
「恥ずかしいだけだから……嫌とかじゃない」
『嫌かもしんねーが』を否定しなきゃと思って、なんとかそれを絞り出した。
けれどミカゲからは「は」と聞こえて、それっきり。
「み、ミカゲ……?」
がちがちに固まったまま呼びかける。
すると「は~~~」と、後頭部にあっつい溜息を吐きかけられた。
「ぎゃ」
頭に顔を埋められている感覚がする。
「……嫌じゃねーならそりゃよかった。だったらとっとと寝ろ」
「ね……寝られるわけなくない……?」
もはやそっちにだって聞こえてるでしょう? どんどこどんどこ。私の心臓の音がさ。
「知らん。俺は寝るからな。……もう限界だ」
さっきは限界じゃないとは言ってたけど、やっぱり一度中途半端に寝ちゃったし、こんなふかふかのベッドの上で眠くならないわけないか。心臓がお祭りを開催してるのなんて私だけだ。
「……わかった。見張りは任せて……!」
「いやお前も寝ろっつの……!」
今まで部屋で何かが起きたことはないけど、今回もそうとは限らない。そんなつもりで意気込んだけど、ミカゲの手で両目を覆われてしまった。
「ちょっと……!」
「何かありゃ目が覚める。お前も今は体力回復しとけ」
引き剥がそうにもびくともしない。さらにみじろぎしたら「おい」と怒られた。
「頼むから寝てくれ」
……なんか私が起きてたら困るみたい。
そりゃまぁ、お互い寝てる間に事が済んでいれば楽だろうけど。
しぶしぶ手を離す。でもミカゲの手はそのままだった。
どうしたってなんにも見えない暗闇の中。破裂しそうだった心臓は徐々に落ち着いて、背中の緊張はそのうちやすらぎに変わった。
こうなったらもう寝るしかない。そう思える程度には私も神経が太くなった。
「おやすみ、ミカゲ……」
そう呟いた頃には、もう半分は意識が溶けていた気がする。




