20 スズワとミカゲ
なんというか、衝撃だった。
わかってる、世間の人は割と気軽にハグをしたりするし、死んだと思っていた人間との再会ともなればそれはさもありなん。
……でもなんか、
「…………」
だからといって微笑ましくそれを見ていられないのは、やっぱり私がまだまだ過去の価値観に囚われたままの、時代遅れな巫女だからだろうか。
「おいスズワ、わかったから離れろ」
そう言ってスズワさんを引き離したミカゲを見て、なぜだか少し安心した。
「ばかミカゲ……! 私があの場所で、どんだけあんたのことを探し回ったか知りもしないで……!」
「……焼け落ちた家に、お前がいつもつけてた髪留めが落ちてた。だから俺は、てっきり……」
ミカゲが目を伏せる。スズワさんの目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「私とお父さんは山の洞窟に隠れて難を逃れたの。何時間……何日ああしてたかわからない。しばらくしてから外に出たときには、村にはもう……生きている人は誰もなかった。お母さんも、師匠も、あんたも……」
顔を手で覆うスズワさんに、ミカゲは「わるかったな」と告げる。
重い空気に誰も口が挟めなかった。……かと思えば、
「なぁ、お前らってもしかしてデキて――」
平時と変わらなさすぎるアルトの後頭部を、ティナが杖で殴りつけた。
「今はそういうのじゃないから!」
「……ほらお前ら、できたから食うぞ」
「おお~~食うぞ~~!」
出来上がった野菜粥に、アルトの興味は瞬く間にもっていかれた。
……アルトの発言は確かに場をわきまえたものじゃない。
でも本当は私も、その疑問の答えを聞きたいと思ってしまった。
◇
皆で鍋の粥を囲む中、
「師匠の家にあった変な文字の本? うん、覚えてるよ」
スズワさんはあっけらかんとそう言った。
ハンジさんと同じく彼女だって容疑者の一人だ。私たちの間に人知れず緊張感が走った。
「最初は知らない文字だと思ったのに、気が付いたら読めるようになってたの。どういう仕掛けかはわかんないけどなんか凝ってる本だなぁと思ったわ」
「それはこういう文字のことであってますか?」
先ほどハンジさんにも見せた紙をスズワさんに渡す。
「ああ、そうそう、こんな感じだ。……今見ると世界共通文字とはかけ離れてるし、本当になんで読めたんだろ……。ていうか〝キスしないと出られない部屋〟ってなに、何か真面目なことでも書いてるのかと思えば」
苦笑いのスズワさんに、こちらは大真面目ですよと心の中で告げた。
スズワさんもミカゲと同じだ、私には見慣れない記号の羅列にしか見えないそれを、当時も今もなぜか読めると言う。
「ていうかその本って何が書いてる本だったんだ? 読んだんだろ?」
早くも三杯目の粥をかき込みながらアルトが尋ねる。
「おまじないの本だったのよ」
「まじない……」
なるほど、それで『凝ってる本』という感想になったのか。
「あー……そうか、まじないか。女が読む本だと思ったことだけ覚えてたんだが」
「ミカゲも読んでたの? まぁあんた、師匠の家に入り浸ってたもんね」
スズワさんが懐かしむような笑みをミカゲに向ける。
ミカゲは「ああ」とだけ答えてお粥を口に運んだ。
「おまじないって、なんのおまじない?」
ティナがそう訊くと、スズワさんの表情が少しだけ強張った。
「ほら、いろいろあるじゃない。厄除けのおまじないとか、きれいになるまじない、あと恋愛成就のおまじないとか」
「あー……えっと、たしか好きな人と両想いになるおまじない……だったかな」
「ふうん……まぁよくある感じね」
「う、うん、そうそう。全然効果もなかったし、本の仕掛けは凝ってても所詮おまじないなんて——」
「え!」
「お前試したのか!? そのまじない……!」
「!」
驚く私達に、ハッとスズワさんが表情を変える。
「い、いや、ちょっとだけね? 気になったというか……ほら、子どもなんて興味本位でなんでもやるし……!」
「誰相手に試したんだ? ミカゲか?」
「あっ、ちょっ、こらアルト!」
「だっ、誰でもいいでしょう!? なんでさっき会ったばっかの人間にそんなこと教えてやらないといけないのよ!」
「ごめんなさいごめんなさい」
アルトの直球質問はデリカシーの欠片もないけど……これはおそらく十中八九、ミカゲ相手にまじないを試したとみて間違いないんだろう。
もしかしてそれが何か今回のことに関係がある? まさか、十年以上前の〝両想いになるおまじない〟が?
「その本には、おまじないをするとどうなるって書かれてました? 例えばさっきの部屋についてとか……」
「部屋? よくわかんないけど、書かれてたのはまじないの方法についてだけよ。自分の髪とか血とかなんかそういうのを用意して、書かれてる呪文を唱えて……みたいな。それでその方法通りに試してみたけど何も起きなかった、ただそれだけ!」
「——!」
「血? うげぇ、よくそんなもん興味本位でやってみる気になったな」
「う……そ、そんなの、まだ子どもだったし! 血なんてありあまってたのよ!」
「なんなのこいつ!」と怒るスズワさんの気持ちもごもっとも。
それからすっかり彼女の機嫌を損ね、「もういい!? まだ明日の準備があるから!」と蝋燭を手に出ていかれてしまった。
そんな「やっちまったか……」の雰囲気の中ハンジさんは、
「気にすんな。まぁ明日になれば機嫌も治ってるだろ」
と、別に私たちが何を調べているのか等追及してくるわけでもなく、粥を平らげた後の鍋を粛々と洗っていた。
そしてそれが終われば「じゃあ寝るぞ」と薄っぺらい敷物の上に横になった。
「お前らもどっかそのへんで適当に寝ろ」
「……わかりました、ありがとうございます」
まだ普通なら寝るには早い時間だと思う。けれど暗くなれば寝る、明るくなれば起きる……それがここでは当たり前のことらしい。
「ただ、まぁ……ミカゲ。明日はスズワと、昔話の一つでもしてやってくれよ」
「……ああ、わかった」
……久々に会って一体何の話だとか、やっぱりハンジさんとしても思うところはあるんだろう。
けれどそうは言わないやさしさに、私たちも静かに頭を下げた。




