18 解呪の試み
街での情報収集を終えた私たちは、ある程度の物資の調達を終え、今朝方街を発った。
目指すは中央大陸諸国に跨る山脈の麓にある、移民の集落だ。
集落の情報は昨日ティナ達が仕入れてきてくれた。
「元は東の島国に住んでいた人達が移住して暮らしている集落が、あの山の麓にあるらしいの。そこへ行ってみない?」
あの部屋については、私とミカゲが教会で神父様から聞いた、ダンジョンの話以外にわかったことは特になかった。
それについてもティナ曰くは「信用できる話だとは思えない」とのことだけど。
なにしろ創造の力を持っているとされた、女神イルミナ唯一の神使であるユーマはとっくの昔に死んでいる。現在進行形で被害に遭っている私たちとは無関係だ。
この情報を追う線はないとして、他に何か辿れる情報がないかといえば、
『俺の師匠が持ってた書物に、あの文字が使われてるもんがあった』
壁のパネルに書かれたあの文字と、その書物とやら。
けれどミカゲの生まれ故郷である東の島国は、十年前に魔王軍の侵略を受け、その軍門に降ったらしい。そんな魔族のひしめく陸の孤島に、本一冊を探しに行くのは限りなく無謀な話だ。
だから一縷の望みをかけて、元東の島国の住民への聞き込み調査に行くことにした。
それに魔王城を目指すのに、次の山越えはどうせ必須だった。
当面魔王討伐については後回しでいいと言ってもらっているけれど、麓の集落とやらに行くのが大幅な寄り道にはならなさそうで、気持ち的には助かる。
「あ、もう花が咲いてる。きれいだね」
「花なんて見てる場合? 余裕ね、あんた」
景色を楽しみながら歩いていたらティナに呆れられた。ずっと暗い顔で歩こうもんならそれはそれで文句を言うくせに。
少し前までは、ここも雪に覆われていただろうなと思われる麓道。今では冬を越えた野花の芽吹が一面に広がっている。
いい季節になってよかった。もう少し冬が長引いてたら当然山越えはできないし、麓に近づくのも一苦労だっただろう。
しかし春の穏やかな日差しは過ごしやすくていいけれど、昨晩は不眠で明かしたためかいつもより光が眩しい。
教会での居眠りは多少夢見はよくなかったものの、あの部屋に飛ばされることはなく無事終わった。
そしてそれは、私の次に仮眠を取ったミカゲもだ。
私はまだしも、ミカゲと〝そのとき寝ている誰か〟にならなかったのは、時間がよかったのか、〝そのとき寝ている誰か〟は〝誰か〟ではなく〝私〟でないとだめなのか……。一歩前進とはいえいまだ検証不足ではある。
教会に張られた結界のおかげだった……という可能性は、ゼロではないけど無いと思う。
あの白い部屋が女神の創造の力によるものだというなら、それが女神の結界に弾かれることはまずないだろうから。
昨日はこの理屈に気付かないまま眠ってしまったけど……結果として何事もなかったので、まぁよしとする。
おかげで最低限の睡眠を確保する方法は心得た。
そして目下の一難を乗り越えて気になるのはやっぱり、
「本っ当に心当たりはないの? あんたがあの文字を読めることを知っている人」
そう……気になるのは当然、ミカゲ(+私)をいかがわしい目に遭わせるミカゲの知人(と思われる人物)について、である。
「昨日も言っただろ。本を読んだのはまだ俺が東の島国にいたころ。十年前だ。その頃の知り合いはみんな魔王軍の侵攻のときに死んだ」
「島を出てからあの文字に触れたことは?」
「あの部屋で見るまで一度もなかった」
この分ではミカゲの記憶から犯人を辿るのは難しい。
まず〝知り合いはみんな死んだ〟ってところからして深掘りもしづらい。本人は平然と話すけど。
「あの、それについて昨日から考えたんだけどさ……ミカゲが読んだその本自体にあの部屋の魔法がかかってて、こう、なんらかの条件を満たした今のミカゲに発動した……っていうことはない?」
本を読んだ者をいかがわしい部屋に閉じ込めるっていう、いかがわしい魔法がね。
「それは私も考えたわ。ただそういう時限爆弾みたいなものを魔法とは呼ばない……そういうのは呪いって言うの」
「呪い……」
「はははっ、なんだよ、いやらしい部屋にぶち込まれる呪いって」
「おい、笑い事じゃねーぞ」
まぁたしかに、あの部屋のせいで私たちは睡眠を奪われ、肉体的にも精神的にも蝕まれている。
過程については呪いのイメージとは少しばかり違うけど、結果的に見れば呪いと言われれば呪いかもしれない。
「読んだ者を呪う、呪いの本……! ありそう!」
「……じゃあ試してみる?」
「え? なにを?」
「呪いなら、メイに解呪ができるでしょう?」
「!」
ほんとだ!!
「じゃあさっそく呪いを私に移して……って、いつも私もその呪いに巻き込まれてるのに、ちゃんと浄化できるのかな……?」
いつも私の加護の力を通り抜けてきた呪いだ。私に移るだけ移って浄化できずに終わるかもしれない。
「いいわ、とりあえず身代わりはアルトで」
「え!?」
「えー、俺~? まぁ別にいいけど」
「い、いいの……?」
いいわけないけどティナの言う通りに進めてみることにした。
依代を用意して行う儀式だと呪いの力を抑える意味でもそれなりの準備が必要だけど、人から人への移動だけなら器が変わらないのでおそらくこのままでもいける。
「じゃあ、うーん……ミカゲとアルト、並んで座って」
別にどんな態勢でもいいんだけど、なんとなくやりやすいように私の目線の下に来てもらった。
晴れ渡る空の下、青葉の茂る大地の上で……なんとも清々しい解呪の儀だ。
「俺、前に呪われてたときのこと全然覚えてねーからな~。呪いってどんな感じだろうな~」
「別にこれは普通だぞ」
ちょっとワクワクしている感じのアルトにミカゲは呆れていた。
そんなミカゲの頭上に手を翳して、治癒の祝詞を唱える。
呪いの場合はこれで黒い水が沸き上がって——
……こない。
「メイまだか~?」
「……私が解呪の力として応用している治癒の力は、体内の魔を体外へ押し出す力だけど……今のミカゲの中には、押し出されるものが何もない」
「!」
そもそも私の加護の力が通用しない呪いだから、今も押し出すことさえできないのか?
いやでも、やっぱりそれらしき魔を一切感じることすらないのはおかしい。
「ん? つまりどういうことだ?」
「ミカゲは呪われてないってこと」
助けを求めるようにティナを振り返った。ティナは最初から、この答えがわかっていたような気がする。
「……呪いっていうのは、術者の邪念を魔力……いえ、呪力に乗せて対象に植え付ける行為よ。植え付けられた他者の悪意ある呪力というのは必ず対象の魂を蝕む。それはその人本来の魔力の形を変え、肉体的にも変化させてしまう——……簡単に言えば、呪われてる人間ってのは見りゃわかるもんなのよ」
最終的には身も蓋もない。でもたしかにアルトは一目見て呪いとわかる顔をしていたし、私がこれまで見てきた他の呪いも、呪われた人は極端に瘦せこけたり変な顔色になっていたりした。
それに比べてミカゲは、多少寝不足とはいえいつも通り過ぎる。
「だからミカゲが手に取った本が呪物だった、ていうのはまずないと思ってたけど……解呪もできないってことならもう間違いないわね」
ミカゲが読んだのはただの本。呪いの本なんてなかったんだ。
他の犠牲者が出ることがないという意味ではそれは素晴らしいことだ。うん、でも、
「てことで話は戻るわ。さぁ、ミカゲとメイをいやらしい関係にさせて何かを企んでいるのは、一体どこの誰かしら」
正直、解呪で一発解決させてほしかったな……!




