13.お昼寝
「え? 何に?」
ミカゲは呆れ気味に言う。
「お前、あの部屋の文字読めねーじゃねぇか。アルトも」
「え、うん……」
「そんでクリスティナでさえ読めなかった。俺が思ってた以上にあの文字は、普及率が低く、世の中の認知度もない。ならたまたま俺達が連れ込まれた部屋に書かれた超ドマイナー文字が、たまたま俺には読めるものだった……てのは、どう考えても出来すぎてるだろ」
「うわ、確かにそう言われれば……! えっ、じゃあ犯人の狙いは私じゃないってこと!?」
「犯人の狙いや目的はまだわからねぇ。ただ、今のところあの部屋は俺がいることで成立してる。仮に指示を読めねー人間二人があそこに捉えられたとしたら……悲惨だろ」
ほ……本当だ……! あまりにも自分の被害者意識が強すぎて、そんな簡単なことに気づかなかった……!
「と、いうことは……」
今まではただ、あれが犯人の母国言語か何かで、ミカゲはそれを〝たまたま〟読める人なんだと思ってた。
でもそれが〝たまたま〟だったわけじゃないとすると……
「犯人は、ミカゲがあの文字を読めるのを知っている誰か、ってこと……?」
恐る恐る尋ねれば、ミカゲは少し切なそうな顔をした。
だけどすぐにそんな顔を逸らすように前を向いて、
「……そんな人間がいるとも思えねぇんだけどな。あの部屋に連れ込まれるまで俺自身、あんな文字が読めることなんざ忘れてたし」
「そっか……」
嫌なことを聞いてしまったなと、遅れて気が付いた。
つまりそれは、ミカゲのことを深く知る人物の可能性が高いってことだ。
「なにしろ、おそらくお前は俺に巻き込まれた側だ。俺が眠らなければまず何も起きないだろ。……わかったら今はとにかく体を休めろ」
「…………」
なんと言ったらいいかわからず、言葉が出てこない。
そしたらミカゲは「わるかったな」と、短く言った。
ミカゲが悪いわけじゃないのに、とは思った。けど「いいよ」と軽く流すには、これまで起きたことが私の中で重すぎる。
「もちろん全部〝たまたま〟だった可能性が消えるわけじゃねぇ。万が一がねぇように、ちゃんと見張りはしててやる」
「……うん」
「お前がどっか連れていかれそうになったら、引っ掴んで止めてやるよ」
こちらでは瞬きにも満たない時間しか経たないんだから、そんなことは不可能だとわかっている。
わかっているけど、それはもう信じるしかないね。
「ありがとう、よろしく」
「……それでも、もし……」
「……?」
「もし他の誰かと、あの部屋で目覚めちまったときは……」
「えっ、やだ、わざわざそんな話——」
諦めて頑張れよ、みたいな現実を突きつけられるのかと思った。
だけど「そんな話しなくていい」と言う前に、
「部屋からは出なくていい」
斜め上なアドバイスが飛び出してきた。
「……え?」
「俺が迎えに行くまでそこにいろ」
「な……」
「この世のどこかには実在する場所だ。必ず見つけだしてやる」
私は何も言えずに、ただ息を呑んだ。
「だから部屋の指示なんて無視すりゃいい。多少腹が減ったりはするだろうが、我慢して待っとけ」
——……申し訳ないがアホなのかと思った。
こちらで瞬きをする間に、あそこでは数時間が過ぎている。
今からミカゲがあの場所を探し当てる時間を向こうで待つとしたら、それは悠久の時間を過ごすに等しい。
そんな時間を、あんなベッドぐらいしかない四角い部屋で過ごせと。
うーん……
「……わかった、そのときは……待ってるからね」
——うん、たぶん私もアホだ。
ほとんど意味のない約束だとわかっている。どう考えても無謀で、現実的ではないプラン。
でもどうしようもないと言える状況の中で、私を安心させるためにとせめてもの案をひねりだしてくれたことがうれしい。
「ありがとう、ミカゲ」
しばらく視線の合わなかったミカゲが、ついとこちらを見た。
「……今のは俺がそうしたいだけだ。礼を言われるようなことじゃねぇ」
もう、今更照れ隠し? お礼ぐらい素直に受け取ればいいのに。
「とにかく、わかったらもう寝ろ」
背中にミカゲの腕が回って、肩を引き寄せられた。
ミカゲの肩に頭を預ける形になって、緊張でつい体が強張る。
「え、あ、ちょ……」
「……こんぐらいなら穢れもクソもねーだろ。力抜いて体預けてろ」
「それはわかってる、わかってるけど……」
心配をしているわけじゃない。単純に人との接触に未だに慣れていないだけだ。
たったの半年前まで、人の手を握ったことすらなかったんだから……昨日今日のことがあったとて、急になんでもかんでも平気になると思わないでほしい。
ドクドクと心臓が存在を主張する。
これじゃあ余計眠れないよと思った……けど。
窓から降り注ぐ日の光に、肩に触れる温もりに、
(あ、なんか……気持ちいいかも)
そう感じてしまったが最後、心地よいまどろみが一挙に押し寄せてきて、抗う気持ちもその波に流されてしまった。
——私の身を案じてくれる人がいる。包み込むようなやさしさに触れられる。
焦がれて仕方なかった〝人〟の生が、今ここにある。
瞼を閉じたそのとき、気づかぬうちに涙が一粒零れ落ちていた。
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次話からの過去編は短編の方とほぼ同じ内容になります。サクッと更新して現代軸に帰ります!




