12.女神の神使
お昼寝をしに来た先で、魔王の話を聞くことになるとは思いもしなかった。
「魔王に消された国……」
国の名前については知らなかったけれど、その大災害のことなら知っている。
占領でも、征服でもない。初めからそこに国などなかったかのように、辺り一帯の何もかもが失われてしまったのだとか。
「初めて魔王による被害が観測された……魔王誕生の地ってやつか」
「ええ」
「じゃあ、それって……」
「……ああ。俺たちが目指している場所でもある」
魔王によって消された悲劇の国――その跡に、魔王城が建てられた。
魔王は今もその地で、世界の支配を目論んでいるという。
「その神使……ユーマはどうなったんですか?」
「第二ノニホンと共に姿を消しました。あの悲劇に生き残りはいないとされています。……もし仮に生き残りがいたとしても、当時の教会はすべてを闇に葬り去ることを選ぶでしょう」
「……え、それってどういう……?」
「第二ノニホンは魔王を生んだ悪しき土地です。そこがイルミナ様のご加護があった土地……ましてやイルミナ様の神使がいた土地であっていいはずがない。……おそらくそういう考えから、神使ユーマの存在は歴史上から消されることになったのだと……」
歴史の改ざん……。イルミナ教ほどの大規模な組織なら可能なんだろう。なるほど、それなら人々がダンジョンの起源に近づけない理屈もわかる。
「あの……でもそれって、イルミナ教の皆さんが隠してきた歴史なんですよね? 私たちに話してしまってよかったんですか?」
聞いてしまったからには消されますか?
「あなた達はイルミナ教徒ではありませんし……なによりお二人が安眠を取り戻すために、少しでも役立てばと思いまして」
神父様の慈愛に満ちた微笑みが私を照らす。
自分がどれだけ猜疑心の塊か思い知らされた。
「ありがとうございます……!」
「百年前の人間がもう死んでるのは当然として、今の女神の神使はどこにいる? そいつにもダンジョンを創る力があるんだとすれば話を聞きたい」
「ちょ」
このタイミングでよくそんな露骨な質問ができるな?
女神の神使をあの部屋の犯人だと疑っていますと言ってるようなものだ。
ただ、
「残念ながら……現世にイルミナ様の神使はおりません」
「なに?」
なかなか都合のいいように事は運ばないらしい。
「イルミナ様の神使は、ユーマを最後に現れていないのです。神使を騙る者なら何人もいたようですが……」
なんだよそれと、あてが外れたミカゲが雑に頭を搔く。
「女神様は……誰にも加護の力を授けられないんですか? 神父様も?」
「私などは、ただ長くここにいるだけです。結界術は修行の末に身に着けたもので……直接加護の力をいただいたことも、女神様のお声を聞いたこともありません」
こんなに聖職者然としているのに、ただの人なのかと驚いた。
だけど神使というのは、神の願いを叶えるための存在だ。
その神使を遣わさないということは、女神様は……
「しかし魔がひしめくこの混乱の世で、この国の民が平和を脅かされずに生きているのは、まさしく女神様のご加護であると……私は信じています。それだけで十分なのです」
「……ええ、その通りですね」
余計なことは言うまいと、それ以上の言葉はすべて飲み込んだ。
それから神父様は私たちの安全を祈ってくださった。異教徒と無宗教相手に本当に慈悲深いことである。
「あなた方が囚われている世界が本当にダンジョンならば、それはきっと女神様のお導きなのでしょう」
いやいや、本当にこんなのが女神様のお導きなら、どういうご趣味ですかと問うてみたい。
だけど神父様がそう言うなら、早々悪いように状況が転ぶことはないのかな、なんて。ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
その後お礼を伝え(ミカゲもちゃんと言った)、教会内の端の席をお借りして当初の目的通り仮眠をとらせてもらうことに。
木の長椅子はお世辞にも睡眠に最適だとは言えないけれど、祭壇の十字架を見ていると不思議と気持ちが落ち着いて良い。
そうしてぼーっと椅子に座る私を、ミカゲはなぜか突っ立ったまま見下ろしてくる。
「時間がもったいねぇ、さっさと寝ろよ」
「ミカゲは?」
「俺はいい。寝ずの番は慣れてる」
たしかに女神様の(神父様の?)結界の力に頼ってみるとはいえ、念のため睡眠時間をずらすぐらいはした方がいいか。
「じゃあ二時間ぐらい経ったら起こしてよ、交代するから」
「二時間なんてなんの足しにもなんねーだろ。お前が起きた時にまだ時間があれば考える」
「えー……」
ミカゲはそれ以上一切譲る気がなさそうだった。
これは本当に起こしてくれないぞ。ミカゲの睡眠時間を確保するためにも早く眠らねば。
……そう思って俯くのに、目が閉じられない。
結界の中にいたって、やっぱりどうしても眠ることに対する抵抗がなくせない。
もしこれでもダメだったら。ミカゲ以外とあの部屋に行くことになったら。そう考えると、体はとてつもなく眠くて仕方ないのに、まるで眠れる気がしない。
「……まだ眠れねぇのか」
責められるかと思ったけど、降りかかったミカゲの声は思いのほかやわらかだった。
少し意表を突かれつつも静かに「うん」と頷く。するとミカゲは黙って私の隣に腰を下ろした。
「大丈夫だ。さっきも言ったが……お前がアルトや、どこの誰ともわからねー奴とかとあの部屋に行かされるってことは、まず無いだろ」
「なんで言い切れるの? 女神様の結界があるから?」
「いや……え、まさかお前まったく気がついてないのか?」
「……え? 何に?」




