11.創造の女神
「女神様はどなたにでも微笑まれます」
教会の入口で躊躇う私に、白髪の神父様はそう言った。
明らかな異教徒だとかは関係ないらしい。すみません、女神様の懐の深さを見誤っておりました。
「何かお困りですか?」
たまたまそういうタイミングなのか、礼拝堂の中に他の礼拝者は見当たらない。だからかどうかはわからないけど、信仰外の神に縋りつこうとする哀れな子羊の悩みまで聞いていただけるみたいだ。
「こいつがここ数日ロクに眠れてねーんだ。そこの椅子で構わねぇからしばらく寝かせてやってくれ」
ミカゲは私を顎で指してそう言う。まるで自分は眠れているみたいに。
しかしそんな説明では「それなら宿で寝れば?」と言われるのでは。と思ったけど、神父様はそんな無慈悲なことはおくびにも出さなかった。
「構いませんよ。奥のベッドを用意することもできますが……」
「いや、ここで構わない」
「わかりました。……この教会にはイルミナ様の結界の力が働いています。ここなら何者にも脅かされず、安心して眠れましょう」
教会というのはこういう事態も慣れっこなんだろうか。私たちがワケありなのは既に察してくれているみたいだ。
……もしかしたら、私たちと同じような状況の迷える子羊が他にもいたりして。
今はわずかな可能性でもたぐり寄せてみるしかない。
「あ、あの……」
ミカゲに目配せをした後、恥を忍んで神父様に話を聞いてみることにした。
ほんの少しでも何か手がかりが見つかったなら、今後ミカゲをイルミナ教に改宗させるのもやぶさかではない。
けれど、
「……残念ながら、似たような話を聞いたことはありません」
「そうですか……」
神父様は一連の話を真剣に聞いてくれたものの、特に情報が出てくることはなかった。
ミカゲはこれからも無宗教です。
にしてもこの話を他人にするのは本当にハイリスクノーリターンすぎる。なにせこれじゃあ私たちの奇怪ぶりを晒しただけだ。神父様も内心では、頭のおかしい情事事情を聞かせるバカップルが来たと思っているかもしれない。
「唯一お話できることがあるとすれば、ダンジョンについてでしょうか」
「ダンジョン?」
部屋の構造がダンジョンに似ているという話はちらりとしたが、神父様のアンテナがそこに引っかかるとは思いもしなかった。
「というのも……ダンジョンはここ中央大陸に数多く存在しますが、そのすべては我が女神イルミナ様が創られたものであると言われているのです」
「あー……そういえば昨日ティナもそんな話をしてたような……」
「おや、お仲間にイルミナ教徒の方がいらっしゃるのですね」
いえ。宗教マウントって言ってました。
「古くからイルミナ様は万物の創造を司る神として称えられています。海、大地、生物、魔法……それらすべてはイルミナ様が創造主であると」
「あ、ああ……そうなんですね……」
なんだ、『ダンジョンを創った』もやっぱりそのレベルの話か。純粋な信仰のお話だった。ええ、ええ、そうですよね、女神様はすごいんですもんね。たしかにそんなお方ならダンジョンだって創れちゃいますよね。
「創造主だからダンジョンも……って、なんでもかんでも神様のおかげだっつってりゃ世話ねーな」
「ちょっと、ミカゲ!」
私も似たようなことは思ったクチだけど、わざわざ声に出さなくていいのに。
普段はここまで四方八方に喧嘩腰なわけでもないはずだから、真剣な相談を「女神様すごい」の話に持っていかれたのが相当気に入らないのかもしれない。それが神父のお仕事なんだから仕方ないでしょうよ。
「そうですね、本当にすべてをイルミナ様が創られたのか……真実は私たちにはわかりません。私たちがそう信じているだけなので」
「ほんとすみません、こいつが失礼なだけなので気にしないでください」
神父様の謙虚さに、さらにいたたまれぬ気持ちになった。
「いえいえ」と返す温和な表情はさすが、これが神仏に仕えるもののあるべき姿かと思わされる。見習いたい。
「……ですが」
そこで神父様の纏う空気が少し変わった。
やはり内心お怒りかと一瞬焦ったが、そうではなく。
「海や大地が生まれたのが途方もなく昔の話だとして、ダンジョンが初めて発見されたのはせいぜい百年前。……表向きには、ダンジョンの祖は創造主イルミナ様であるとだけ伝えられていますが……実際にそれを創り出したのはイルミナ様の神使を名乗る男であったと、イルミナ教の高位聖職者のみに伝わる文献の一部に残っています」
「! 女神様の神使?」
世界の創造神の話が、急に現実味を帯びた話になった。
「ええ。その神使の名はユーマ。彼はイルミナ様の加護の力を用いて、国を創ったともされています」
「神使が国創り、なぁ……」
意味深にミカゲが私を見る。「ないだろ」の目をしてるけど、そんなもんは人によるだろ。私だって授かった加護が創造の力なら創ってたかもよ、国。
——でもまぁその話が本当ならその超すごいユーマとやらは、ダンジョンの祖としてもっと有名になっていてもいいはずじゃない?
やっぱり話半分に聞くべきかな、と息をつく。
「で、その神使とやらが創ったのがこの国だってか?」
「いいえ」
神父様の柔らかな、でもどこか重い声が教会内に響く。
「国の名は〝第二ノニホン〟……百年前、魔王によって一夜にして消し去られた国です」




