表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/16

第6話「旅立ちの朝に」

 ドルガに呼び出されたのは、俺が十五歳になってすぐのことだった。


 授業が終わった後、他の生徒が帰るのを待ってから、ドルガは珍しく椅子を引いて俺の向かいに座った。いつもと違う空気に、俺は背筋を伸ばした。


「一つ、話がある」ドルガは低い声で言った。「王都に、魔法に特化した学校がある。十六歳から入れる。下宿しながら通うことになるが……お前には行く価値がある」


 俺はしばらく黙った。


 スキルツリーを確認した。魔法適性の矢印は、確かに上を向いている。この町の塾では、そろそろ教えられる限界が近いとも感じていた。


「……考えてみます」


「考えるまでもないだろう」ドルガは立ち上がって、また無口に戻った。「来月までに返事をしろ」


 それだけだった。


 家に帰って両親に話すと、父は少し考えてから頷いた。母は嬉しそうに笑ったが、目が少し潤んでいた。


「行きなさい」母は言った。「ズバの時と同じよ」


 翌月、俺は学校への入学を決めた。


 出発まで残り一週間、俺は荷物をまとめながら、いつも通りの日々を過ごした。朝は家事を手伝い、夜は料理を作る。猫は相変わらず足元をうろついていた。


「お前はどうするんだ」


 猫に話しかけると、猫は気だるそうに欠伸をした。答えになっていなかったが、なんとなく伝わった気がした。猫は家に残ることになった。


 出発の前夜、夕食が終わった後、父が珍しく「少し話がある」と言った。


 三人でテーブルを囲んだ。父は湯呑みを両手で持ったまま、しばらく黙っていた。母は静かに父の隣に座っていた。


「ズバが魔法塾を辞めた理由を、お前はまだ知らないな」


 俺は頷いた。ずっと気になっていたが、聞けないままだった。


 父は一度母と目を合わせてから、口を開いた。


「ズバがな、俺たちに言ったんだ。弟の才能に勝てないと感じた、と」


 俺は、言葉を失った。


「魔法の伸びが違うと、塾に通い始めて半年もしないうちに気づいたらしい。そのままお前と同じ塾に居続けることが、お前の邪魔になると思ったと言っていた」


 母が静かに続けた。


「あの子らしいでしょう。誰にも言わずに、さらっと辞めて、別の道を歩き始めるんだから」


 俺はテーブルの木目を見つめたまま、動けなかった。


 三年間、ずっと気になっていた。なぜ辞めたのか。チートを持っているんじゃないかと疑って、でも聞けなくて、そのままにしていた。


 兄は何も言わなかった。ただ黙って、弟の前から退いた。


 胸の奥に、じわりと熱いものが広がった。感謝と申し訳なさが混ざり合って、どちらとも言えない感情が溢れてきた。


「……知らなかった」


 それだけしか言えなかった。声が、うまく出なかった。


 父は湯呑みを置いて、静かに言った。


「お前が気づかなかったのは、当然だ。ズバがそう望んだんだから。ただ、お前が旅立つ前に、知っておいてほしかった」


 しばらく、三人とも黙っていた。


 母が立ち上がって、台所でお茶を入れ直した。父はまた湯呑みを持って、窓の外を見た。いつもと同じ夜だったが、何かが少し変わった気がした。


 翌朝、俺は荷物を一つ持って玄関に立った。


 猫が足元に来て、鼻を押しつけた。俺はしゃがんで、頭を撫でた。


「また来る」


 猫は一声鳴いて、それだけだった。


 母は笑顔で見送り、父は黙って頷いた。兄が家を出た朝と、同じ景色だった。


 俺は門を出て、振り返った。


 この平均的な町で、俺は十六年を過ごした。何も特別なことはなかったが、ここで地図を手に入れた。ここで猫と出会った。ここで、知らない間に兄に守られていた。


 スキルツリーを眺めると、矢印はまっすぐ前を指していた。


 俺は前を向いて、歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ