第14話「積み重ねの日々」
二年生の一年間は、地味だった。
派手な事件もなく、劇的な成長もない。ただ毎日を積み重ねるだけだった。でもスキルツリーを確認するたびに、数値は確実に動いていた。
変化に最初に気づいたのは、水屋の老夫婦だった。
早朝のアルバイトを始めて数ヶ月が経った頃、老夫婦の店に客が増え始めた。最初は近所の常連だけだったが、やがて少し遠くから来る客も現れた。
「うちの水、最近評判なんだよ」老夫婦の旦那が嬉しそうに言った。「他の店と何か違うって言われてな」
俺は特に何も変えていなかった。毎朝同じように、感覚を研ぎ澄まして水を精製する。それだけだった。
でも口コミというのは恐ろしいもので、やがて「商店街の水屋の水が旨い」という噂が王都に広まり始めた。老夫婦の店は朝から行列ができるようになり、売り上げが倍以上に跳ね上がったらしい。
そして必然的に、「あの水を作っているのは早朝から働く学生だ」という話も広まっていった。
ある朝、水を運んでいると、見知らぬ商人に声をかけられた。
「あんたが噂の水魔法使いか。うちにも来てくれないか」
俺は断った。老夫婦との約束があったからだ。
その話をドナ=ヘッドにすると、老婆は静かに茶を飲みながら言った。
「義理を守れる人間は、長く信頼される」
それだけだった。でもカリスマ能力が通じないドナ=ヘッドの言葉は、いつも重かった。
下宿での料理も、着実に進化していた。
スキルツリーの料理の項目は、いつの間にか魔法適性と並ぶ水準まで上がっていた。試行錯誤の結果がすぐに出る料理は、相変わらず一番の気分転換だった。
ある夜、コミ=トトが珍しく食べながら言った。
「ドバ、お前の飯、最近また変わったな」
「何が変わった」
「なんというか、旨さに迷いがない」
うまく言葉にできないが、なんとなくわかった。毎朝水を精製する感覚が、料理にも染み込んできているのかもしれない。
アレ=ハチマは相変わらず豪快に食べながら「最高だ」と言い続けた。トモタニは「俺も料理覚えようかな」と言ったが、翌朝には忘れていた。
ボタ→マリの魔力量は、この一年でさらに上がっていた。
清掃の仕事では、一度に建物全体を水で洗い流せるようになったらしく、雇い主から「もはや人間業じゃない」と言われたと本人が笑いながら話した。
課外学習でも、ヤス=スギが珍しく「でかくなったな」と呟いた。それがヤス=スギなりの最大級の褒め言葉だと、水グループ全員が理解していた。
トモタニは刀鍛冶の工房でさらに腕を磨いていた。
「本気出せば鉄を溶かせる」ある夜、トモタニが夕飯を食べながら言った。
「それ本当か」俺は聞いた。
「嘘かもしれない」トモタニは笑った。「でも親方が最近、俺の前で怒鳴らなくなった」
それだけで十分だった。
学校の授業にも、すっかり慣れた。
座学は相変わらず幅広い内容だったが、スキルツリーの知能の数値が上がるにつれて、授業の内容が以前より深く入ってくる感覚があった。異種族文化論では、大陸の様々な種族の言語や習慣が少しずつ頭に入ってきた。兄が外国語を学んで国の垣根をなくそうとしているという話を思い出した。
課外学習は、相変わらず基礎の繰り返しだった。
ヤス=スギは何も変えなかった。水球を作る、形を変える、動かす、制御する。同じことの繰り返し。でも一年前と今では、同じ動作の質が全然違うとわかる。スキルツリーがそれを示していた。
冒険は、三人で地道に続けていた。
街の清掃依頼、王都近郊の弱い魔物の退治、荷物の護衛。どれも地味な依頼だったが、三人の息は確実に合ってきていた。ボタ→マリが力で押して、トモタニが炎で牽制して、俺が精密な魔法で仕上げる。それぞれの役割が自然と決まっていた。
あの洞窟の大型魔物のような強敵には、まだ手が出ない。それはスキルツリーを見ればわかった。矢印はまだ先を指している。
でも焦らなくていい。
地図がある。
三年生になる前の夜、コミ=トトとアレ=ハチマが荷物をまとめていた。
コミ=トトは卒業後もしばらく下宿に残っていたが、ようやく次の場所へ向かうらしい。アレ=ハチマは一つ上なので、今年が卒業だった。
「国の仕事か」俺はコミ=トトに聞いた。
「冒険者になる」コミ=トトは飄々と答えた。
国立を卒業して冒険者とは、と思ったが、こいつらしいとも思った。
「俺は故郷に戻る」アレ=ハチマは荷物を豪快に担ぎながら言った。「武芸で身を立てるつもりだ」
「まあ、元気でな」
「お前らもな!」
翌朝、二人の部屋は空になっていた。下宿が、少し静かになっていた。
その夜、俺はスキルツリーをじっくりと眺めた。
一年前と比べると、全ての項目が着実に上がっていた。魔法適性、料理、対話、知能、運動能力。どれも突出してはいないが、バランスよく伸びている。
前世では、こんな確認ができなかった。頑張っているのか、頑張っていないのか、何が足りないのか。何もわからないまま、評価だけが先を歩いていた。
今は違う。
地図がある。自覚がある。時間がある。
天界人事部のおじさんが言っていた通りだった。




