第13話「依頼と洞窟」
二年生になって、三つのことが変わった。
魔法大会に出場できるようになったこと。冒険者ギルドの依頼に参加できるようになったこと。そして、アルバイトを始めたことだ。
王都の商店街に住んでいると、魔法を使った仕事の需要が思った以上にあることがわかった。きっかけはドナ=ヘッドだった。ある朝、近所の商人が困った顔で訪ねてきて、「水を大量に使う仕事を頼める学生がいないか」と聞いていた。ドナ=ヘッドが俺たちを紹介したのが始まりだった。
ボタ→マリは大量の水を必要とする仕事に派遣された。主に建物の清掃や、広い厩舎の洗浄。圧倒的な魔力量で水を大量に放出するボタ→マリは、その手の仕事にうってつけだった。初日から雇い主に絶賛されたらしいが、本人は「単純な仕事だ」とだけ言った。
トモタニは商店街の外れにある刀鍛冶の工房に雇われた。火属性の魔法を炉の温度管理に使う仕事で、細かい温度調整が必要らしく、トモタニの丁寧な気質に合っていた。毎日仕事終わりに鍛冶師の親方から怒鳴られながらも、嬉しそうに帰ってくる。
変化に気づいたのは、働き始めて二週間ほど経った頃だった。
「ドバ、今日の水どうだった」
いつもなら「どうでしたか」と聞くはずのトモタニが、タメ口で話しかけてきた。本人は気づいていない様子だった。
「普通だったけど、どうした」
「親方がタメ口じゃないと一人前じゃないって言うんだよ。なんか移ったかも」
俺は少し笑った。敬語のトモタニも悪くなかったが、タメ口の方が距離が縮まった気がして、単純に嬉しかった。
俺の仕事は飲料水の製造と運搬だった。
毎朝日が昇る前に起き出して、水場へ向かう。魔法で水を精製して容器に詰め、決められた場所へ運ぶ。学校が始まる前に終わる早朝の仕事だった。地味だったが、眠い目をこすりながら感覚を研ぎ澄ます練習にもなった。
雇い主の老夫婦は毎回「この水は違う」と言って喜んだ。カリスマ能力のせいかもしれないと思ったが、スキルツリーの魔法適性の数値が少しずつ上がっていたので、あながち過大評価だけでもないらしい。
ギルドへの登録は、三人で一緒に行った。
受付の男は俺たちを見て「学生か」と言い、少し渋い顔をした。でも登録書類に目を通してから、「まあ、簡単な依頼から始めろ」と言った。
最初の依頼は、王都近くの洞窟に出没する小型魔物の駆除だった。依頼書には「ゴブリン系の小型魔物、五匹程度」と書いてあった。
「簡単そうだな」トモタニが言った。
「簡単な依頼なんてない」ボタ→マリは依頼書を眺めながら言った。「と、誰かに聞いた」
俺は黙って頷いた。
洞窟は王都から歩いて一時間ほどの場所にあった。
入口は思ったより狭く、三人並んで歩けない幅だった。先頭にボタ→マリ、真ん中に俺、後ろにトモタニという順で進んだ。
松明の明かりが岩壁を照らす。足元が湿っていて、水が染み出している場所もあった。
「水脈が近いな」俺は言った。
「お前はそういうのがわかるのか」ボタ→マリが前を向いたまま聞いた。
「なんとなく」
しばらく進むと、小さな空間に出た。依頼書通り、ゴブリン系の小型魔物が数匹いた。
ボタ→マリが大きな水球を放つと、あっけなく吹き飛んだ。トモタニが炎で牽制し、残りを片付ける。三人の息が合っていて、あっという間に終わった。
「思ったより簡単だったな」トモタニが息を整えながら言った。
その瞬間、洞窟の奥から地響きがした。
三人が同時に振り返った。
暗闇の中から、巨大な影が動いていた。
依頼書に書いてあった魔物とは、明らかに違う。体長は三人分を優に超え、岩のような皮膚を持つ大型の魔物だった。目が赤く光っている。
「……これは依頼書に書いてなかったぞ」トモタニの声が少し震えた。
「逃げるか」ボタ→マリが低い声で言った。
「出口まで距離がある」俺は洞窟の構造を素早く確認した。「囲まれる前に動く必要がある」
魔物が動いた。岩壁を砕きながら、こちらへ向かってくる。
ボタ→マリが巨大な水球を放った。魔物に直撃したが、怯んだだけで止まらない。トモタニの炎も同様だった。
「硬い!」トモタニが叫んだ。
俺は目を閉じた。
感覚を研ぎ澄ます。洞窟の水脈、足元の湿気、岩の隙間から染み出す水。この場所には水が満ちている。
魔力を指先に集めた。洞窟全体の水分を引き寄せるイメージで、丁寧に、精密に。
次の瞬間、洞窟の空気が一変した。
霧が広がった。
濃密で、白く、視界を完全に遮る霧だった。魔物の動きが止まった。咆哮が響いたが、方向がわからない。
「今だ、走れ!」
三人は出口へ向かって走った。霧の中でも俺には水の流れがわかる。出口の方向を感じながら先導した。
外に出た瞬間、三人は倒れ込むように座り込んだ。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはボタ→マリだった。
「今の霧、お前がやったのか」
「ああ」
「すごいな」ボタ→マリは珍しく真顔で言った。「俺にはできない」
トモタニが荒い息のまま言った。「綺麗な水球を作れるだけじゃなかったんだな」
俺は苦笑いした。スキルツリーを確認すると、魔法適性の数値が大きく跳ね上がっていた。
基礎が、実戦で活きた。
矢印は変わらず上を向いていた。でも今日は、少し誇らしい気がした。
ギルドに報告すると、受付の男が少し目を丸くした。
「大型魔物に遭遇して、全員無事か」
「なんとか。ただ、洞窟の奥にまだいる。依頼書に書いてあった魔物とは別物だった」
男は表情を引き締めて、すぐに奥へ声をかけた。しばらくして、ギルドの上位冒険者が数人出てきた。俺たちから状況を詳しく聞き取り、装備を整えて洞窟へ向かっていった。
「お前たちはよく報告しに来た」男は言った。「下手に戦おうとしなかったのは正解だ。学生にしては冷静だったな」
それが、俺たちの初めての依頼だった。




