第10話「水の流れ」
水グループの課外学習は、週に5回あった。
ヤス=スギは相変わらず無口だった。説明は最低限、あとはひたすらやれ、という方針らしい。体罰こそないが、できない生徒への目線が鋭くて、教室全体が緊張感に包まれていた。
そんな中でも、一人だけ空気が違う生徒がいた。
ボタ→マリ。
同じ一年だと聞いて、最初は信じられなかった。背が高く、顔立ちが整っていて、どこか掴みどころのない雰囲気がある。授業中も特別真剣な様子はないのに、魔法の腕は群を抜いていた。
最初の実技でそれを思い知った。
ヤス=スギが「水球を最大限に大きくしてみろ」と課題を出した。
生徒が順番に試していく。拳大、頭大、それ以上はなかなか出ない。俺は丁寧に魔力を込めて、形の綺麗な水球を作った。サイズは頭大ほどだったが、表面の張りと透明度には自信があった。
ヤス=スギは無言で頷いた。
ボタ→マリの番が来た。
特に構えるでもなく、片手を軽く上げた。次の瞬間、教室の半分を埋めるほどの巨大な水球が現れた。
教室が静まり返った。
ヤス=スギが、珍しく表情を変えた。
「……でかいな」
それだけだった。でもヤス=スギがそれだけ言えば、十分だった。
ボタ→マリは特に嬉しそうな顔もせず、水球を消した。その無造作な仕草が、また様になっていた。
廊下では、女子生徒が扉の隙間から覗いていた。
課外学習が終わった後、ボタ→マリが俺の隣に来た。
「お前、綺麗だな」
唐突だった。
「……水球が、ってことか」
「そう」ボタ→マリは俺の作った水球の残滓を見ながら言った。「俺はでかくするだけなら得意だけど、あんなに綺麗には作れない」
競争心を燃やしているというより、純粋に観察しているような目だった。
「お前はどこ出身だ」ボタ→マリは続けた。
「グリク」
「グリクか」ボタ→マリは少し考えてから言った。「俺はダバ地方。知らないだろ」
「知らない」
「だろうな」ボタ→マリは口の端を少し上げた。「ここじゃ誰も知らない」
それだけ言って、彼は廊下で待っていた女子生徒たちの方へ歩いていった。声をかけられながらも、どこか面倒くさそうな様子だった。
俺はその背中を見ながら、スキルツリーを確認した。
ボタ→マリの顔が、魔法適性の項目の横に小さく表示されていた。
上級生の魔法は、また別次元だった。
ある日の課外学習で、三年生が実技を披露した。
水と土を混ぜて泥流を作る先輩、水と火を組み合わせて熱湯の壁を生成する先輩。複数の属性を組み合わせる魔法は、単純な水魔法とは別物に見えた。
「あれができるようになるのか」俺の隣で、同じ一年の生徒が呟いた。
俺は黙って眺めた。スキルツリーを確認すると、複合魔法の項目がまだ遠くに霞んでいた。まだそこまでの矢印は出ていない。
今は基礎だ。綺麗な水球を、もっと綺麗に。それだけでいい。
その夜、下宿に帰って夕飯を作りながら今日のことを考えた。
ボタ→マリのことが頭に残っていた。あの圧倒的な魔力量は、努力でどうにかなるものではない気がした。でも綺麗さは違う。感覚を研ぎ澄まして、基礎を積み重ねれば、もっと上に行ける。スキルツリーがそう示していた。
夕飯を食卓に並べると、アレ=ハチマが「今日もうまそうだ」と言いながら座った。コミ=トトが珍しく「今日は何だ」と聞いてきた。
五人で食卓を囲む。この時間が、一日の終わりに一番ほっとできる瞬間だった。
前世の木曜日の夜とは、全然違う。




