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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

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第92話 山へ向かう馬車と、甘い囁き

 王都を出立した馬車が、街道沿いの小さな宿場町を通り抜けようとしていた。


 目立たぬよう歩みを緩めた馬車の中で、拘束されたリアナは窓の外を見てハッと息を呑んだ。


 町の入り口の掲示板。そこに、兵士が大きな紙を何枚も貼り出しているところだった。


『重要通達――元聖女イザベラ。王城での反逆、黒魔術の使用、および誘拐容疑。発見次第、ただちに通報せよ』


(もう、手配書がここまで……)


 迅速な捜索に驚きつつ、リアナは目の前に座るイザベラへ視線を向けた。


 フードを深く被ったイザベラは、窓の外を睨みつけている。


「見るんじゃないわよ」


 手配書を見て顔を見合わせたごろつきたちを、イザベラが低い声で怒鳴りつけた。


 だが、馬車が進むたびに、彼女の耳には容赦ない人々の声が入ってくる。


 至る所にある同じ手配書。そして、人々の無責任な噂話。


「聞いたか? 聖女様、偽物だったらしいぞ」


「黒魔術師だってさ。恐ろしいねぇ」


「公爵家を騙してたんだと。とんでもない悪女だな」


 昨日まで、道を歩けば誰もが感謝し、尊敬の眼差しとともにその名を呼ばれていた。


 なのに今日は。誰も自分を敬わず、蔑み、忌み嫌う者として扱っている。


「違う……っ」


 イザベラは耳を塞ぐように両手で頭を抱え、ガタガタと震え出した。


「私は間違ってなんかいない……! 私は聖女なのよ! どうして誰も分かってくれないの……!」


 激しい怒りと絶望で精神が削れていく。


 その時だった。


『……可哀想に』


 イザベラの頭の中に、ふと、甘く優しい声が響いた。


『お前は悪くない。悪いのは、お前を裏切った愚かな人間たちよ』


「……ええ、そうよ。私は悪くないわ」


『さあ、憎き者からすべてを奪い返しましょう。私が、力を貸してあげる』


 虚空を見つめ、ブツブツと何者かと会話を始めるイザベラ。


 その異様な光景に、ごろつきたちすら気味悪そうに身をすくめる。リアナはただ黙って、彼女を侵食していく底知れぬ『邪悪な気配』に恐怖を覚えた。


◇ ◇ ◇


「……クソッ、速いな」


 一方、王都を飛び出したゼインとルークは、馬の腹を蹴りながら土に刻まれた轍を猛スピードで追っていた。


 街道を外れ、人気のない荒れた道へと入っていく痕跡。その方角を確認した瞬間、ゼインの顔色が変わった。


「ルーク、この方角……まさか」


「あそこは、セラ様たちのいる場所じゃないか!」


 ルークの悲痛な叫びに、ゼインは身を引き締めた。


 誘拐されたリアナと、今は何をするかわからないイザベラ。その最悪の爆弾が、よりにもよってセラ様の元へ一直線に向かっている。


「急ぐぞ!! 追いつけなかったら、最悪の事態になる!」


 ◇ ◇ ◇


 ――そして、山の中。


 ノクスは唐突に顔を上げた。


「……?」


 風が、嫌な匂いを運んできた。


 かつて自分が切り裂いた、あの黒魔術の気配。それが、ゆっくりと、確実にこの山へ向かって近づいてきている。


「グルルルルル……ッ」


 ノクスは西の空を睨み据え、牙を剥き出しにして低く唸った。


 その全身の毛が、危険を知らせるように逆立っていた。

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