表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/123

第91話 師匠の元へ

 薄暗い教会の地下室。


 縄で椅子に厳重に縛り付けられたリアナは、荒い息を吐きながらも、目の前に立つ女を真っ直ぐに見据えていた。


 そこにいたのは、簡素な街着のイザベラだった。


 聖女の面影はなく、髪は乱れ、瞳には尋常ならざる焦燥と狂気が宿っている。


「さあ、言いなさい。あの石鹸の製法はどこで手に入れたの? 誰が裏で糸を引いているのよ!」


 イザベラはリアナの顎を乱暴に掴み上げ、執拗に問い詰める。


 夜会での断罪、地位も名誉もすべてを失った衝撃。精神的に完全に追い詰められた彼女の頭の中は、一つの確信で支配されていた。


 あの完璧だった計画が潰れるなんて! 公爵家のルシアンの動き、そしてあの石鹸。すべてが偶然なはずがない。自分を破滅へ追い込んだ『黒幕』が必ずいる。


「誰に教わったの!? 答えなさい!」


「……師匠、です」


 リアナは痛みに顔を歪めながらも、決して怯むことなく言葉を返した。


「師匠……? 誰よそれは! 名前を言いなさい!」


「それ以上は、お答えできません」


 ギリ、とイザベラが奥歯を噛み締める。


 リアナが頑なに守ろうとしている存在。


 その『師匠』こそが、故意に自分を陥れた張本人に違いない。憎悪の炎が、イザベラの胸の奥で燃え上がる。


「なら……その師匠のところへ、私を案内しなさい。今すぐによ」


 突きつけられた要求に、リアナは一瞬だけ瞳を揺らし、思考を巡らせた。


(案内するなんて裏切るようなことしたくないのだけれど……)


 表面上は恐怖に屈したように見せかけながら、リアナの胸の内は冷静だった。


 王都のこんな狭い地下室に閉じ込められていては、助けが来る前に何をされるか分からない。だが、あの山へ向かわせれば話は別だ。


 山には、イザベラを圧倒出来るであろう最強の狼・ノクス様がいる。兄やゼインたちも、きっと痕跡を追ってきてくれるはずだ。


(王都にいる方が危険ね。山へ誘導して時間を稼ぐのよ……!)


「……分かりました。案内します」


 小さく息を吐き、リアナは静かに告げた。


「賢明ね。さあ、場所を言いなさい」


 イザベラが勝ち誇ったように見下ろしてくるが、リアナは決して視線を逸らさなかった。


「言いません」


「……何ですって?」


 即答されたイザベラの顔から、スッと余裕が消える。


 苛立たしげな彼女に対してもリアナは怯まない。


「場所だけ聞けば、私を殺すでしょう?」


 拘束され、圧倒的に不利な状況。それでもリアナは頭脳をフル回転させ、最善を考える。


「私が直接案内します」


「……平民の分際で、小賢しい真似を。逃げる気なのかしら?」


 探るように目を細め、殺気を放つイザベラ。


 しかし、リアナはあえて自身の『無力さ』を提示して相手の警戒を解きにかかる。


「縄を付けたままで構いません」


「……」


「どうせ私は丸腰です。大の大人が何人もいて、私一人を警戒する必要があるのですか?」


 その言葉が、イザベラの肥大したプライドを見事に突いた。


 (たかが石鹸屋の小娘一人、いつでも殺せる)――その慢心と油断が、イザベラの猜疑心を上回る。


「……ふん、いいでしょう。お前たち、すぐに馬車を用意しなさい!」


 イザベラは満足げに唇を歪め、背後のごろつきたちに鋭く命じた。


 ◇ ◇ ◇


 同時刻。王都の路地裏。


「言え! リアナをどこへやった!!」


「ガハッ……! た、助け……」


 血相を変えてごろつきに掴みかかるルークの肩を、ゼインが背後から力強く引き剥がした。


 代わりにゼインが冷徹な眼差しで男の胸ぐらを掴み上げ、低い声で告げる。


「場所を言え。次で腕をへし折る」


「外れの……古い教会の、地下室だ……! そこに聖女様が……!」


「行くぞ、ルーク!」


「ああ!」


 実の妹を攫われた焦燥に駆られ、ルークは弾かれたように馬を走らせた。ゼインもすぐさまその背を追う。


 しかし、彼らが教会の地下室へ乱入した時には――そこは既に、もぬけの殻だった。


「リアナ!? リアナ……ッ!」


 ルークが悲痛な声で妹の名を叫び、薄暗い室内を血眼になって探し回る。だが、転がった椅子と千切れた縄以外、何も残されてはいない。


「クソッ……一歩遅かった……! 俺が、俺が火消しの方へ行ってしまったせいで……っ!」


「落ち着け、ルーク!!」


 自責の念に押し潰され、頭を抱えそうになったルークを、ゼインの鋭い一喝が引き戻す。


 ゼインは教会の裏手へ回り、地面に残された一本の深いわだちを鋭く睨みつけた。


「まだ出発したばかりだ。轍が新しい。……行くぞ。何があっても、リアナは必ず取り戻す」


「……ああ……ッ!」


 ルークは乱れた呼吸を必死に整え、力強く頷くと、ゼインと共に再び馬へ飛び乗った。


 ◇ ◇ ◇


 ゴトゴトと、激しく揺れる馬車の中。


(この方向……東の山……? やっぱりあの山は何かあるのね。)


 窓の外の薄暗い景色を眺めながら、イザベラは陶酔したような笑みを浮かべていた。


「ようやく見つけたわ……。私をコケにした黒幕を引きずり出して、すべてを奪い返してあげる……!」


 狂気に染まったイザベラの横顔を見つめながら、リアナは心の中で、静かに祈るように名前を呟いた。


(セラ様、ノクス様……どうか、気付いてください……!)


 その先に待つものが、救いなのか――それとも更なる絶望なのか。


 まだ誰も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ