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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第5章:動き出す運命は規格外編

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第88話 暴暴かれた黒魔術と偽聖女の本音

 真っ黒に染まった『絶望の絨毯』の上で、イザベラは呆然と立ち尽くしていた。


 称賛と羨望で満ちていた大広間の空気は、今や完全な恐怖と疑念へと反転している。


「国王陛下、ならびに皆様。彼女の行っていた治療は、聖女の奇跡などではありませんでした。痛みを感じなくさせる代わりに代償を必要とする『黒魔術』です」


 ざわめきの中、オリヴィアの傍らに立つルシアンが一歩前へ出た。


 彼の氷のように冷ややかな声が、広間の隅々にまで響き渡る。


「私は当初から、イザベラ様の魔法に違和感を覚えていました。どれほど強力な治癒であっても、彼女からは『精霊の気』を一切感じなかったからです」


「な、何を馬鹿な……っ」


「そのため、公爵家の資料庫にある禁書指定の記録を調べました。そこには、『痛みのみを遮断する黒魔術』の存在が記されていた。


 イザベラ様がノエルや皆様に施していた『治療』の性質と、完全に一致するものです」


 ルシアンの決定的な言葉に、広間の貴族たちが悲鳴のような息を呑む。


 さきほど「痛みが引いた」と喜んでいた者たちは、顔面を蒼白にして自分の体を見下ろした。


「違うわ……違う! 私は人々を救っていただけです! 事実、彼らの痛みは消えたでしょう!?」


 イザベラが必死に叫ぶ。


 その言葉に嘘はなかった。彼女の中では、痛みを消して感謝されることこそが『救済』だったのだから。


「だとしても、あなたはその力を『聖女の奇跡』だと人々に誤認させていた」


 ルシアンの容赦ない追及が、イザベラの退路を断っていく。


「あなたを聖女だと思い、救われたと感じた人々は大勢いるでしょうが……」


「なら、何が悪いのよ! 結果的に救われたならいいじゃない!」


「あなたの使うのは『代償』を伴う黒魔術だ。それを黙って人々に施していたことは、断じて許されない」


 ルシアンは、足元の真っ黒な花を冷たい目で見下ろした。


「一部の痛みを消す代わりに、命を蝕むほどの穢れを街中に蓄積させる。……その致命的な代償を明かさなかった。違いますか」


「それを知ったら……誰も私を頼らなくなるじゃない!!」


 イザベラの口から飛び出したあまりにも身勝手な本音に、広間は水を打ったように静まり返った。


(しまった……)というように、イザベラがハッと口元を押さえる。


 だが、もう遅かった。ルシアンの誘導によって、彼女の奥底にある『本性』が引きずり出されてしまったから。


「……つまりあなたは、人々が黒魔術で苦しむことよりも、自分が必要とされなくなることの方が怖かったわけだ」


 軽蔑すら含まない、ただ事実を述べるだけのルシアンの視線。


「だから何よ!!」


 美しいドレスを振り乱し、イザベラはまるで駄々をこねる子供のように叫んだ。


「私だって苦しかったのよ! 力がない、無能だと言われて、誰にも見向きされなくて……ずっと惨めだった! やっと手に入れたのよ、私を必要としてくれる場所を! 特別に扱ってくれるこの力を! 誰かに選ばれる価値を!!」


 偽りの慈愛は微塵もない。


 そこにあるのは、ただ「捨てられたくない」「自分を認めろ」という、底なしの承認欲求とエゴイズムだけだった。彼女にとって、他者の命など、自分を飾り立てるための道具でしかなかったのだ。


「……だからといって、許されることではありません」


 静かに、怒りを込めた言葉がオリヴィアから零れ落ちた。


「他者の命を犠牲にしてまで得た価値など、ただの虚構です。公爵家は、あなたのような悪魔をこれ以上、のさばらせておくわけにはいきません」


 オリヴィアの冷酷な宣告と共に、広間を囲んでいた近衛兵たちが一斉に槍を構え、イザベラへと距離を詰める。


「……っ、私を、私を誰だと思っているの! 私は聖女よ!!」


 絶望と怒りに顔を歪めたイザベラが、甲高い悲鳴を上げた。


「私を邪魔するなら……痛みを味わうがいい!!」


 イザベラが両腕を振り上げた瞬間、彼女の体から禍々しい黒い波紋が放たれ、前方を塞ぐ近衛兵たちを直撃した。


 それは、彼女がこれまで「治療」と称して隠蔽し、溜め込んでいた『他者の痛みと疲労』の逆流だった。


「ぐああっ!?」


「痛いぃっ! 体が、割れる……っ!」


 波を浴びた兵士たちが、突然の激痛に次々と槍を取り落として床にうずくまる。


 外傷はないが、蓄積された痛みが直接神経を焼くような感覚に、イザベラの包囲網が崩れた。


 その一瞬の隙を突いて、イザベラが走り出した。


 その動きを見た瞬間、エリオが短剣を放っていた。一切の迷いのない、反射に近い動作で。


「きゃあっ!?」


 鋭い刃はイザベラの肉体ではなく、彼女の履いていた豪奢なヒールの踵を正確に打ち砕いた。


 ヒールが折れ、足場を失ったイザベラは無様にバランスを崩し、激しく転倒する。


「痛っ……! よくも、よくも私を狙うなんて……!」


 床に這いつくばりながら、イザベラはギリッと歯を食いしばった。


 痛みを麻痺させる魔法を自分にかけ、壊れた靴を乱暴に脱ぎ捨てる。


 それでも彼女は足を止めず、裸足のままドレスを捲り上げながら、庭へと続く空いた裏扉へと逃げ込んだ。


「逃がすな!!」


 体勢を立て直した近衛兵たちが追撃を放つより早く、イザベラは王城の深い夜の闇へと姿を消した。

いつもお読みいただきありがとうございます♪


土日の投稿はお休みさせていただきますm(__)m


次回更新は月曜日です!

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