第85話 暴かれた穢れと、反撃の舞台
午後。イザベラと母オリヴィアがノエルの部屋を後にし、サロンへお茶に向かったのを見計らって、ルシアンは密かにノエルの自室を訪れた。
ベッドに身を横たえていたノエルは、兄の姿を見るとホッと息をつき、シーツの下に隠していた観測箱を差し出した。
「兄上……針が、動いたよ」
ルシアンは箱を受け取りながら、弟の小さな手がまだ微かに震えていることに気づいた。
「兄上……これは、どういうことなの? イザベラ様の魔法は、僕たちにとって危ないものなの……?」
不安そうに見上げてくるノエル。ここで直接的な事実を伝えては、彼の心身に余計な負担をかけてしまう。
ルシアンはベッドの傍らに腰を下ろすと、優しくノエルの頭を撫でた。
「……彼女の力には裏があるかもしれないと調べているが、安心していい。お前の体を害するようなことは私が絶対にさせない。この箱が動いたことで、その『対処法』が見えてきたよ」
「本当……?」
「ああ。お前は今日、公爵家を救う一番の手柄を立てたんだ。よく頑張ってくれた。……あとは私に任せて、ゆっくり休みなさい」
ルシアンの穏やかで力強い言葉に、ノエルは強ばっていた肩の力を抜き、安心したように瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇
ノエルの寝顔を確認し、ルシアンは自室の執務室へと戻った。
そこには、待機していたエリオの姿があった。
「ルシアン様、ノエル様のご様子は……」
「ああ、無事に終わったよ。緊張から解放されたせいか、今はぐっすり眠っている」
「そうですか……本当によく頑張ってくださったんですね」
安堵の息を吐くエリオの前に、ルシアンは持ち帰った黒い箱をコトリと置いた。
カチリと振り切れたまま固定されている「針」を見て、エリオの表情がスッと引き締まる。
「やはり、あの女はあの魔法を……」
「ああ。だが、本当に重要なのはこの『中身』だ」
ルシアンが箱の裏蓋を開けると、精巧な歯車の奥に、細かいスリット(隙間)がいくつも入った小さなガラスの筒が収められていた。
エリオは目を細める。
「魔石じゃ……ない? それは、花ですか?」
穢れを通すための隙間が空いたガラス管の中に保護されていたのは、特殊な薬液でカチカチに硬化処理された、ガラス細工のようなドライフラワーだった。
だが、その花弁は今、真っ黒のインクを吸い上げたような不気味な色に完全に染まりきっている。
「ルシアン様、それはまさか……!」
「エリオ殿の想像通りだ。数ヶ月前、王都を狂わせたあの花だよ。今は浄化に必要なものだけ厳重に教会は管理しているが、研究の為こちらでも管理している。生花のままでは、枯れてしまえば穢れを吸う性質も失われて使い物にならなくなるんだ。だから、まだ穢れを吸っていない本来の白い状態のまま、錬金術師に依頼して硬化処理を施し、装置に組み込ませた」
通常の探知魔法であれば、必ず微弱な魔力を周囲に放つ。勘のいいイザベラであれば、それに気づいて警戒していただろう。
「だが、あの花は『闇魔法の穢れを花弁に吸収して色づく』という性質を持っている。この箱は魔力を放つのではなく、周囲に漏れ出た闇魔法の穢れを受動的に吸い寄せるだけのものだ。だからこそ、あの女は探知の魔力に気づきにくくなる。違和感を覚えたとしても、せいぜい『自分の魔力が少し引っ張られている』と感じる程度だったはずだ」
「あの花の性質を利用して、術の痕跡を暴く魔道具にしたというんですか……」
かつての国を揺るがした脅威すら、証拠として利用する。
ルシアンの抜け目のない盤面の支配力に、エリオは小さく戦慄した。
花弁が真っ黒に染まったという、誰にも覆せない物理的な証拠。
これにより、「イザベラの治癒魔法=地脈を汚染する禁忌の黒魔術」であることが完全に裏付けられたのだ。
「これで準備は整った。だが、この箱を王家に提出するだけでは『公爵家による捏造だ』と言い逃れされる隙がある」
「……では、どうするおつもりですか?」
「大勢の目がある場所で、あの女自身に『黒魔術』を使わせ、その正体を暴き立てる」
ルシアンの視線の先には、執務机に置かれた一通の豪奢な招待状があった。
それは近々開かれる、公爵家も出席予定の『王城での夜会』の案内状。
「舞台は夜会だ。そこで、すべての決着をつけよう」
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