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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第4章:広がる想いは規格外編

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第83話 探り合う思惑と、見えない強者

「……それと、ルシアン様。あの女の動向について、もう一つ報告しておくべきことがあります」


 エリオは声を一段階潜めてルシアンに告げた。


「あの女は、すでにこちら側への探りも入れ始めています。先日、石鹸専門店『ラ・ピュール』に彼女が直接やって来たと、護衛につけているゼインから報告がありました」


「店に来たのか?」


 ルシアンの片眉が微かに上がる。


 王都で爆発的な人気を誇るリアナの石鹸。その製造には、セラが編み出した独自のハーブ配合や抽出技術が使われている。奇跡の力など入っていないが、品質は極めて高い。自身の『聖女』としての影響力を脅かしかねないその流行の出所を、彼女自身が直接探りに来たというわけだ。


 エリオの脳裏に、ゼインから聞いた店でのやり取りが蘇る。


 一週間前。リアナの店を訪れたイザベラは、並べられた石鹸を手に取り、うっとりとした笑みを浮かべてこう切り出したという。


『なんて素晴らしい品なのかしら。……あの、もし製造の過程で形が崩れてしまったものや、売れ残りの品などがあれば、貧民街への寄付活動のために譲っていただけないでしょうか?』


 一見すれば、店の負担を気遣った謙虚で慈悲深い申し出だ。しかも相手は絶大な支持を得ている『聖女』。平民の商人であるリアナに、これを無下には断れるはずがない。


『も、もったいないお言葉です……。それでしたら、見栄えの悪いものをいくつかご用意させていただきます。ですが――』


 内心で冷や汗をかきながらも営業スマイルで対応するリアナに、イザベラはさらに優しく、逃げ場のない追撃をかけた。


『ありがとう。これほどの品ですもの、きっと凄腕の錬金術師や薬草学者様などが携わっているのでしょうね。職人さんに、私から直接お礼が言いたいの。……それに、貧しい人々に配るとなれば、万が一にも危険がないよう、どのような素材をどこから仕入れているのか、知っておく義務が私にはありますから』


 弱者への寄付と安全確認を盾にした、製法と『仕入れ先(裏にいる人物)』への巧妙な探り。


 あらかじめエリオから「イザベラには警戒しろ」と忠告を受けていたリアナは、品物は渡しつつも、核心部分だけは必死に死守した。


『申し訳ありません……っ。うちの職人はひどく人見知りでして、誰にも会わないんです。素材についても、秘密の独占契約ですので、どなた様にもお教えできない決まりなのです』


 そう言って頭を下げるリアナの背後で、用心棒のゼインは表向きこそ感情を消して恭しく控えながらも、静かに観察していたという。


「護衛曰く『笑い方が綺麗すぎた。あれは本物じゃない』とまで言ってました」


 エリオの報告を聞き終え、ルシアンは静かに目を伏せた。


「……私の婚約話で公爵家を掌握しつつ、石鹸の裏を探るとは。抜け目のない女だ」


「『凄腕の錬金術師』と言ってるのも、どうやら彼女の中では、石鹸を作っているのは未知の人物ということになっているようです。まさかそれが、自分が追い出したセラだとは夢にも思っていないでしょうが」


「ああ。だが、ゼインが護衛に立っているのを見られた以上、ローエン家の関与を疑われるのも時間の問題かもしれないな」


「はい。リアナもゼインも口は割りませんが、あの女がこのまま引き下がるとは思えません。執念深く嗅ぎ回られれば、いずれセラのいるあの山に辿り着く危険があります」


 エリオの危惧に、ルシアンは同意するように頷く。


 イザベラは傲慢だが、決して愚かではない。手繰り寄せられれば、いつか必ずセラの平穏が脅かされる時が来る。


「引き続き、警戒は続けよう」


「はっ」


 エリオが深く頭を下げる。


 イザベラはすでに動いている。

 ならば、こちらも先手を打たなければならない。


◇ ◇ ◇


――それは、エリオたちが会話を交わす一週間前のこと。


 公爵家の一角に用意された、イザベラ専用の豪奢な客室。


 分厚い扉が閉まり、周囲から人の気配が完全に消えた瞬間――イザベラの顔から、陽だまりのような『聖女の微笑み』がスッと剥がれ落ちた。


「……不愉快だわ」


 彼女は鋭く舌打ちをすると、テーブルの上に小さな包みを乱暴に投げ出した。


 中から転がり出たのは、リアナの店で半ば強引に手に入れた規格外の石鹸だった。


(ただの平民の小娘かと思ったけれど……あの娘、確実に何かを隠しているわ)


 直接赴いて探りを入れたというのに、あの小娘は笑顔の裏で絶対に核心を割らなかった。


 それに、あの目つきの悪い護衛の男。素性は知れないが、イザベラを値踏みするような油断ならない視線は、ただの雇われではない。


 尻尾を掴ませなかった彼らへの屈辱が、イザベラの胸の内でどろどろと渦巻く。


 彼女は忌々しげに、石鹸を指先で持ち上げた。


 形は崩れているが、立ち上るハーブの香りは驚くほど澄み切っている。この『穢れのない清浄な気配』が、偽りの聖女であるイザベラを苛立たせた。


『……どうしてそんなに苛立ってるのかしら』


 ふと、頭に響くあのお方の声。

 イザベラは僅かに目を伏せた。

 

『私たちの邪魔をする子はそろそろ分かったのかしら? 始末する為に、さらなる力を与えたわよね』


「ええ……。尻尾は掴ませませんでしたが、あの裏には確実に『見えざる強者』が潜んでいますわ。私の治療を妨害するだけでなく、あの小娘を使ってこんなものまで……」


『言い訳はいいわ。早くわたしを助けて欲しいのよ』


「ご安心を。……これ以上探っても無駄なら、直接引きずり出して潰すまでです」


 イザベラの声には、かつての余裕に代わって、焦燥の混じった殺意が滲んでいた。


「もう少しですわ」


 公爵家は順調に掌握できている。

 あとは、間近に迫った夜会。


 そこで全てを手に入れる。その盤面を使えば、この忌々しい石鹸の裏にいる何者かも、必ずや炙り出せるはずだ。


「邪魔者は、一人残らず排除いたします」


 そう言って、彼女は優雅に立ち上がる。


 これから向かう先は、ノエル様の部屋。今日もまた治療を施し、確固たる信頼を積み重ねる。そうしなければ、自分の足元が崩れてしまうかのような、微かな焦りを振り払うように。

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