第82話 共有される真実と迫る婚約
防音の結界魔導具を起動させたルシアンの執務室。
ルシアンから告げられた『真実』に、エリオは愕然と目を見開いていた。
「黒魔術、ですか……!?」
「ああ。書庫の禁書記録と、王都の被害状況が完全に一致している。彼女の力は奇跡などではなかった。他者の痛みを麻痺させ、その代償を地脈に流している」
ルシアンの言葉に、エリオはギリッと強く拳を握りしめた。
数ヶ月前、王都を襲った黒花と聖水不足の危機。あの時、エリオはルシアンと共に奔走し、セラがもたらした規格外の聖水によって、なんとか事態を鎮圧したのだ。
その原因を作っていたのが、あの女だったなんて。
「それだけではない。彼女は現在『完璧な聖女』として絶大な支持を得ているうえに、弟の病を盾にして義母上の心まで掌握し、私との婚約話を外堀から固めようとしているようだよ」
それは単なる婚約話ではない。公爵家と結び付けば、イザベラを疑う者はさらに少なくなるだろう。
もし実現すれば、後から真実を暴くことは格段に難しくなる。
「そこまで……! 街で勝手な噂が立っているとは思っていましたが、まさか屋敷の中でそんなことに……」
「ああ。そして、彼女の使う力は国を滅ぼしかねない禁忌の黒魔術だ。これほどの術を、一介の人間が独力で維持できるはずがない。必ず背後に何かがいる」
エリオは眉をひそめた。
「……黒幕がいる、と?」
「可能性は高い」
「だとしたら厄介ですね。彼女だけをどうにかして終わる話ではないかもしれない」
「ああ」
ルシアンは静かに頷く。
「だが、まずはイザベラだ」
「ええ。このまま放置するわけにはいきませんね。魔法を使わせ続ければ、また王都の地脈は元にもどってしまう! 直ちに手を打たなければ……」
「だめだ。今はまだ動けない」
身を乗り出すエリオを、ルシアンは静かに、だが強い語気で制した。
「今のあの女は『国を動かす聖女』だ。証拠もないまま動けば、ただの嫉妬や権力争いと見なされる。背後にいる黒幕を取り逃がすどころか、最悪の場合、こちらが反逆者として裁かれることにもなりかねない。失敗は目に見えている」
「では、どうすれば……!」
「今、覆せない証拠を集めているんだ。あの女が『治療』と称して黒魔術を使っているという、決定的な魔力痕跡を」
ルシアンは窓の外、ノエルの部屋がある方角へと静かに視線を向けた。
「ノエルの手元に、魔力反応を記録する観測箱を置いた。あの子は今も恐怖に耐えながら、家族のために危険な場所で証拠を集めてくれている」
その言葉に、エリオはハッと息を呑んだ。
病弱でずっと屋敷の奥で寝込みがちだった幼い弟君すら、自ら危険な役目を買って出ているのだ。ここで自分が焦って、事を台無しにするわけにはいかない。
「……わかりました。なら、俺にできることはありますか? いざという時のために、セラに頼んで例の聖水を多めにもらっておきましょうか。もしノエル様にも術の影響が残っているなら、後で絶対に浄化が必要になるはずです」
「ああ、助かるよ。弟の体を蝕んでいるであろう術を解き、万が一の事態に備えるための切り札になる」
「了解です。聖水の手配は、俺に任せてください」
「頼む。母上のことだ。既に婚約の話が水面下で進んでいてもおかしくない。次の夜会で公表されれば後戻りが難しくなる。時間は無いが、こちらもなんとか証拠を揃える。すべてはそれからだ」




