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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第4章:広がる想いは規格外編

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第81話 明かされる患者のその後

 翌日。ルシアンは飾り気のない亜麻の服に大きな革袋を提げ、流れの商人を装って王都の平民街へと足を踏み入れていた。


 目指すのは、イザベラが有名になる前、教会の前で多くの『奇跡』を起こしたという広場周辺だ。


 露店が並ぶ通りで、ルシアンは古参らしい初老の店主に声をかけた。


「すまない。この辺りで、聖女イザベラ様に病気を治してもらった者がいると聞いたのだが」


「ああ、お兄さんも噂を聞いてきたのかい? 聖女様は本当に凄えお方だよ。俺の甥っ子も、馬車から落ちて足を折っちまったんだ。医者に板で固定はされたんだが、夜も泣き叫ぶくらい痛がっててよ。でも、聖女様にスッと手をかざされただけで痛みがケロリと消えてな! そのまま一ヶ月大人しくしてたら、すっかり骨もくっついて元通りさ」

 店主は誇らしげに笑う。


 ルシアンは内心で小さく息を吐いた。骨が繋がったのは医者の処置と本人の治癒力のおかげであり、聖女がやったのは「痛覚の麻痺」だけだろう。だが、民衆は痛みが消えた奇跡のインパクトから、すべてを彼女の功績だとすり替えてしまっているらしい。


「それは……素晴らしいな。だが、中には治らなかった者もいるのではないか?」


「まあ……残念な結果になっちまった奴もいるけどな」


「痛みは消えなかったのか?」


「いや、痛みや苦しさは綺麗に消えたんだ。パン屋の女将さんなんか、重い胸の病気でゼエゼエ言ってたのに、治療の次の日には『全然苦しくない!』って元気に店に立っててよ」


「……」


「けど、一週間後に店で急に倒れて、そのまま逝っちまったんだ。駆けつけた薬師が言うには、病魔が消えたわけじゃなく、見えない胸の奥でずっと溜まってて、それが一気に弾けたんだろうって。……まあでも、女将さんは最期まで苦しむこともなく、笑顔だったよ。手遅れだったんだろうが、聖女様が痛みを取ってくれたおかげで、安らかに天に呼ばれたんだなって、みんなで感謝したもんさ」


 店主はしんみりと胸に手を当てた。

 

 だが、その話を聞いたルシアンの背筋には、ゾクリと氷のような悪寒が走っていた。


(……そういうことか)


 イザベラの術は、病や怪我を治してなどいない。ただ『痛み』や『苦しさ』という、体が発する危険信号を強制終了させているだけだ。


 骨折や軽い病の者は、痛みが消えている間に本人の『自己治癒力』で勝手に治る。だから彼らは「聖女の奇跡で完治した」と錯覚し、熱烈な信者になる。

 一方で、重病だった者は、自分の体が死に向かっていることに気づかないまま無理をし、限界を迎えて突然死する。しかし周囲はそれを「手遅れだったが、痛みのない安らかな最期を与えてくれた」と美談にすり替えてしまうのだ。


(これほど悪辣で、完璧な詐欺があるか……!)


 ノエルの病がたびたび『再発』する理由も、これで完全に腑に落ちた。

 治っていない病を無理やり奥底に封じ込め、限界を超えれば術が弾け、抑え込まれていた症状が一気に噴き出す。それをまたイザベラが「治療」と称して麻痺させる。

 このままでは、ノエルもいずれあのパン屋の女将のように、笑顔のまま内側から腐り落ちて突然死するかもしれない。


 ルシアンは込み上げる怒りを必死に抑え込み、足早にその場を立ち去った。



 ◇ ◇ ◇



 その夜。公爵家の屋敷に戻ったルシアンは、休むことなく再び大書庫の奥深くへと潜っていた。


 患者の感覚を麻痺させ、病の進行を隠蔽する黒魔術。そして、自己治癒の範疇を超えた者が迎える末路。

 術の正体は完全に暴いた。だが、ルシアンの頭にはもう一つ、決定的な疑問が残っていた。


(あの等価交換の術理において、対象から奪われた『痛み』や『苦しみ』はいったいどこへ消えている……? これほど大規模に感覚を奪い続ければ、必ずどこかに巨大な負荷がかかっているはずなのだが)


 ルシアンは山のように積まれた禁忌の魔導書を片端から捲り、ついに一冊のひどく古い教会の裏記録に行き当たった。

 そこには、かつてこの黒魔術が歴史から抹消された『本当の理由』が記されていた。


『――術理において、奪い去った苦痛は決して消滅しない。『過去、己の器を超えた闇魔法を行使し続けた者がいた。その結果、地脈は黒い霧で濁り、やがてその穢れは地上へと噴出した。水は穢れ、作物は枯れ、日陰には不吉なる『黒い花』が咲き誇ったという――』


「……ッ!!」


 ルシアンは息を呑み、本を持つ手にギリッと力が入った。


 あまりの衝撃に、心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。


(『黒い花』……!)


 ルシアンの脳裏に、数ヶ月前の光景が鮮烈にフラッシュバックした。


 王都周辺で突如として発生した水路の濁り、急激な土壌の悪化と聖水不足、そして暗がりに咲く不吉な『黒い花』の異常発生――。


 あの時はエリオ殿と共に奔走し、セラがもたらした『本物の聖水』の規格外の力によって、なんとか強引に地脈を浄化し、事態を鎮めることができた。


 だが、なぜ王都の地脈があれほど急激に穢れ、黒花が咲き乱れたのか。その根本的な原因はずっと謎のままだったのだ。


(代償の転嫁……!! あの時、王都を危機に陥れた穢れの元凶は……あの女が治療の代償として地脈に垂れ流していた『黒い霧』だったというのか……!)


 点と点が、最悪の形で繋がった。


 だが、ルシアンの背筋を這う悪寒はそれだけでは終わらない。


(そもそも、これほど大規模な事象改変を、一介の人間が己の魔力だけで行使し続けられるはずがない。魔導の常識として、理を捻じ曲げるほどの禁術には、必ず悪魔や邪神といった『高位の邪悪な存在』との契約が絡んでいる)


 イザベラが『完璧な聖女』として称賛を浴びる裏で、未知の邪悪な存在と契約し、身の丈に合わない魔法を乱用した結果、そのツケをすべて王都の地脈に払わせていたのだ。


 もしあの時、セラの聖水がなければ、王都はとっくに黒花に飲み込まれ、死の街と化していただろう。


「……一刻の猶予もない」


 ルシアンはギリッと拳を握りしめた。


 もはやこれは公爵家の内輪揉めではない。


 王都を蝕み、正体不明の邪悪な存在へ繋がる災厄そのものだ。あの女を野放しにはできない。

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