第71話 セラ様の筆頭助手(自称)
「じゃあ、さっそくハーブやお花を使ったアレンジを教えるね!」
セラがぱんと手を叩くと、リアナは目を輝かせてぶんぶんと頷いた。
「はい、セラ様! よろしくお願いします!」
「基礎の石鹸の作り方はルークさんにも伝えてあるから、お家に帰ってからお兄さんに教えてもらってね! そういえばルークさん、前に教えた時のメモ、まだ持ってるよね?」
「えっ、俺が教えるのか? あ、ああ……メモなら手帳に残ってますが」
急に話を振られて戸惑うルークに、リアナがずいっと手を差し出した。
「お兄ちゃん、メモ取ってたのね! 見せてちょうだい」
「おい、ちょっと待て」
ルークは渋々、以前エリオと共に石鹸作りをした時の手帳をポケットから取り出した。
リアナは引ったくるように手帳を受け取ると、パラパラとページをめくり……不審そうに眉をひそめた。
「……ねえ、お兄ちゃん。これ何?」
「なんだ」
「『脂は小さく切るのは早く溶かすため。エリオ様は素直に従うべき』『継続的な記録を残す事とする』……って、これ石鹸の作り方のメモじゃなくて、エリオ様の観察日記じゃない?」
「そこは飛ばせ! 見なくていい!!」
ルークは慌てて手帳を奪い返そうとしたが、リアナはひらりと身をかわして続きを読む。
「ええと、なになに? 『白くて細かい灰を選ぶ ※要確認』『絶対に急がない ※要確認』……ちょっとお兄ちゃん! 肝心なところが全部『要確認』になってるじゃない! これじゃ全然作れないわよ!」
「うるさい! あの時は初めてで必死だったんだ……っ。それに、あれからエリオ様と何回も作ったから、メモなんかなくても作り方は完璧に頭に入ってるんだよ!」
真っ赤になって言い訳をする兄をジト目で睨みつけ、リアナは大きくため息をついた。
「セラ様、うちの兄が使い物にならなくて申し訳ありません。私自身が基本からしっかりと目に焼き付けますので!」
「あはは、ルークさんもすっかり上手になったから大丈夫だよ! とりあえず今日は、香りのつけ方を一緒にやってみようね」
苦笑するセラに促され、三人はテーブルに道具を並べた。
「石鹸に色をつけたい時はお水で煮出せばいいんだけど、香りをつけたい時は火を使っちゃダメなの。前に試したら、匂いが全部飛んじゃって」
「お湯では香りが飛ぶ……。では、どうやってあの素晴らしい香りを残しているのですか?」
「お花を油にじっくり漬け込んで、香りを移すの! 時間はかかるけど、こうするとすっごくいい匂いになるんだよ」
セラは瓶に入った香り付きのオイルを取り出し、誇らしげに胸を張った。
それを見たリアナは、ハッと息を呑む。
(色を出すための煮出し製法と、香りを残すためのオイル漬け……! 用途によって完全に製法を確立させているなんて。一体どれほどの研究と試行錯誤を重ねて、この技術に辿り着いたというの……っ!?)
実際には「なんか匂い消えちゃったから次こっち試そー」というノリで(精霊たちをドン引きさせながら)編み出しただけなのだが、リアナの目にはもはや『美の探求に生涯を捧げた大賢者』の偉業にしか見えていなかった。
「素晴らしいです、セラ様……! このオイル漬けの時間を短縮しつつ品質を保つ方法を検証すれば、量産時の効率が……そして色付きと香り付きをセットで販売すればさらに単価が……ごにょごにょ」
途中から完全に「商人」の顔になってブツブツと計算を始めた妹を見ながら、ルークはそっと手帳の新しいページを開いた。
そして、羽ペンを走らせる。
『リアナは手際が良いが、時折見せる利益を計算する目つきが非常に恐ろしい。※暴走に要注意』
――書き足された新たな観察対象を前に、ルークは重いため息をつくのだった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
すっかり日が傾き始めた山道を下りながら、ルークは重いため息をついた。
結局、リアナは『セラ様の筆頭助手(自称)』という確固たるポジションを手に入れ、満面の笑みで足取りも軽く山を下っている。
一方のルークはというと、彼女がちゃっかり貰い受けた試作品の石鹸やハーブの束を鞄に限界まで詰め込まれ、完全にただの荷物持ち扱いだった。山歩きに慣れていない妹のフォローまでさせられ、すでに疲労困憊である。
「……おい、リアナ」
「なに、お兄ちゃん? 話しかけないでよ、今頭の中がすごく忙しいんだから。帰ったらすぐに知り合いの商会に掛け合って、包装用の布の発注も掛ける手筈を整えなきゃいけないし……」
「その流通計画のことだよ」
ルークは立ち止まり、厳しい顔で妹を振り返った。
「まさかお前、今日貰ったあの石鹸を、そのまま貴族や大商人に売るつもりじゃないだろうな? あんな一晩で肌荒れが完治するような異常な代物が世に出回れば、間違いなく教会や王宮が嗅ぎつけてくる。あの平穏な山がどうなるか……」
「もうっ、お兄ちゃんってば。私をなんだと思ってるの?」
リアナは呆れたように腰に手を当てると、ふふんと得意げに胸を張った。
「それくらい分かってるわよ! この間お兄ちゃんが石鹸をくれた時の会話、忘れたの?」
「……会話?」
「そう」
リアナは指を一本立てて、当時のルークの言葉を真似るように声を低くした。
『前に、皮膚病の治療で使われてた石鹸あっただろう。あれを考えた人が、直接作ったものだ。だから出回ってるものより効果が段違いに出る』
そこで元の声に戻り、ニヤリと笑う。
「あの会話からヒントを得たのよ。つまり、セラ様ご本人が『直接作ったもの』だからあんな奇跡みたいな効果が出ちゃうんでしょ?」
「……あっ」
「だから、私がセラ様から『製法』だけを教わるの。そして、街の普通の水と普通の材料を使って私自身が作れば、奇跡の効果は消えて、出回っているものと同じように『ただのすごく香りが良くて質のいい石鹸』になるはずじゃない!」
ルークは思わず目を見開いた。
「安全にダウングレードされた量産品。これなら変に目をつけられることもなく、純粋にちょっとお高めの美容品として覇権が握れるわ。もちろん、セラ様には利益の七割をお渡しするつもりよ!」
「お、お前……そこまで考えて……」
ただの熱狂的信者に成り下がったかと思いきや、兄の何気ない言葉から確固たるリスク管理と利益計算を導き出していた。平民の小娘とは思えない妹のたくましさと聡明さに、ルークは完全に言葉を失った。
「ふふっ、分かったらこれからは私の専属護衛兼、荷物持ち! しっかり頼むわね! 『助手』として定期的に山へ通って、製法をマスターしなきゃいけないんだから!」
「……え?」
「さあ、お兄ちゃん早く帰るわよ! やることが山積みなんだから!」
スキップでもしそうな足取りで軽快に山を下っていくリアナの背中を見つめながら、ルークはズシリと重い鞄を背負い直し、再びその場に立ち尽くした。




