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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第4章:広がる想いは規格外編

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第68話 そして、リアナへ

 どうやって渡すか、ルークは夕方からずっと考えていた。


 どう言い繕えば、この規格外の代物を怪しまれずに渡せるか。いや、使用感が異常なのは確定しているのだから、誤魔化しきれない前提でいかに完璧な口止めをするべきか。


 頭をフル回転させた末、結局、夕食後に呼び出すことにした。


「リアナ、少し良いか」


「なに? 改まって」


 リアナは首を傾げながら椅子へ座る。


 ルークは静かに布袋をテーブルへ置いた。まるで爆発物でも扱うかのような、ひどく慎重な手つきだった。


「渡したいものがある」


「……なに、これ」


「石鹸だ」


 リアナはぱちりと瞬いた。


「前に、皮膚病の治療で使われてた石鹸あっただろう」


「うん、なんか急に収まったやつ」


「あれを考えた人が、直接作ったものだ。だから出回ってるものより効果が段違いに出る」


 半分本当で、半分嘘だ。


 ただの『段違い』などという生易しいものではないことをルークは痛いほど知っていたが、これ以上上手い言い訳は思いつかなかった。


「え、そうなの?」


「作った人に迷惑が掛かる。だから絶対に口外しないと約束してくれ」


 念を押すように低くした声に、リアナはルークの顔を見た。


 いつもと違った。


 いつもなら少しくらいからかえる隙があるのに、今日のルークにはそれがない。冗談の一つでも言えば射殺されかねないほどの、異様な緊迫感が漂っていた。


 ――たかが石鹸一つで、どうしてここまで思い詰めた顔をしているのだろう。


 そう疑問に思いながらも、彼のあまりの真剣さに、リアナは小さく息を呑む。


「……分かった。約束する」


「ああ」


 ルークは少し間を置いてから、最大の懸念事項を口にした。


「お前が俺のことを勘違いしていただろう。そのことがその人に伝わって、お詫びにとくれたものだ」


「え、彼女じゃないの?」


「そうだ」


 ピシャリと否定し、ルークは内心で深く、深いため息を吐いた。


 よし。これでひとまず最悪の誤解(恋人からの贈り物疑惑)は解けたはずだ。あとはこの規格外すぎる効能を、妹がどう受け止めるかだが……これ以上の予防線はもう張りようがない。


 そんな兄のひそかな疲労感など知る由もなく、リアナは布袋をそっと手に取った。


 ふわりと甘い花の香りが漂う。


「ざーんねん! でも……大袈裟だなぁ」


 兄の必死すぎる様子がなんだか面白くて、思わず呟いた。


 石鹸一個のために、そこまで真剣に話すことないじゃないか。


 でも約束はちゃんと守ろうと思いながら、リアナは上機嫌でお風呂へ向かった。


 ◇


 良い香り。


 きめ細やかな泡立ちに包まれ、洗い流した後の肌は自分でも驚くほどつるつるになる感じがする。


 癒される。ふわふわする。


 なんだか気分まで良くなってきた。


 リアナはのんびりそんなことを考えながらお風呂を上がり、洗面台の鏡へ何気なく目を向けた。


 ……あれ。


 思わず顔を近づける。


 もう一度、まじまじとよく見る。


「…………え?」


 頬のニキビが、跡形もなく消えていた。

 いつもこの時期になると出てくる、あの憎き頑固なやつが。


 それだけではない。肌の色も、なんか違う。異常なほど透明感がある。


 洗っただけで?

 たった一回で?


 リアナはしばらく、鏡の前で石像のように固まった。


 そして。


 猛烈な勢いでダッシュした。


 ◇


「お兄ちゃん!!」


 バンッ!と蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで扉が開く。


 ベッドで本を読んでいたルークは、微動だにせず、ゆっくりと顔だけを上げた。


「……なんだ」


「なんだじゃないよ!! これ、なに!?」


 リアナは興奮しきった様子で、自分のつるつるの顔を指差した。


「石鹸使ったのか」


「そう! ねえ、ニキビ消えてるんだけど!! 一回で!?」


「……だから効果が段違いだと言っただろう」


「大袈裟だと思ってたのに!!」


 大騒ぎする妹を前に、ルークは一切の感情を捨てた顔で、静かに本へ視線を戻した。


「約束は守れよ」


「……う、うん」


 リアナはまだ興奮冷めやらない様子で自分の頬を触りながら、それでも少しだけ神妙な顔になった。


「……その人、すごい人なんだね」


「ああ」


「お礼、言いたいな」


「それは難しい」


「なんで!?」


「色々あるんだ」


「でも、すごいよ! すごいってば! ねえ、お兄ちゃん! その人紹介して!!」


「できるはずないだろう」


 ルークは即答した。あの規格外の聖女に、このテンションの妹を会わせたらどうなるか。火を見るよりも明らかである。


「なんで!? お兄ちゃんなら絶対できる!」


「できない」


「一生のお願い!!」


「一生のお願いを軽々しく使うな」


「これ以上に使う場面ないもん! ねえ! お願い! 紹介して!!」


 すがりついてくる妹を見下ろし、ルークは静かに本を閉じた。


 ――どう説明したものか。いや、もう何を言っても無駄だろう。


「……善処する」


「本当に!?」


「善処すると言っただけだ」


「やった!!」


 リアナは満面の笑みで部屋を飛び出していった。


 嵐が去った後の静寂の中、ルークはベッドに倒れ込み、しばらく天井を見上げた。

 善処できる気が、全くしなかった。


 ◇


「……と、言うわけなのですが」


 翌日。ルークは死んだ魚のような目で、静かに報告を終えた。


 話を聞き終えたエリオは、しばらく無言だった。


「……そうなるよね」


「ええ」


「石鹸一個でそこまでならないよね、普通なら」


「ええ。普通じゃないので」


 二人はひっそりと息を吐き、静かに顔を見合わせた。


「朝、家を出る時もわざわざ見送りに来まして」


「妹が?」


「『お兄ちゃん、絶対伝えてね』と念押しされました」


 逃げ場のないルークの状況に、エリオは同情するように苦笑した。


「……セラの事だから、絶対『良いよ!』って言うだろうけど」


「そうですね。断る理由がないと言い出すでしょう」


「いや待て……でもまあ、セラだしな……」


 エリオは少し悩むように唸ってから、やがて諦めたように軽く肩をすくめた。


「来週山へ行く時、連れてきたら?」


「よろしいんですか」


「まあ、セラのことだ。喜ぶだろう」


 その言葉に、ルークは深く、心底安堵したように頭を下げた。


「ありがとうございます。妹に伝えておきます」


「ああ」


 エリオは窓の外へ視線を向けながら、小さく息を吐いた。


「……また一人、増えるな」


「申し訳ありません」


「謝るな、お前のせいじゃない」

 

 そう。どちらのせいでもなかった。


 全部、セラが原因だ。

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