第7話 食料をどうにかしたいと思う
魚は美味い。
美味いのだが。
「……肉、食べたいな」
焚き火の前に座りながら、ぽつりと呟く。
毎日魚というのも、だんだん飽きてきた。いや、贅沢な話だとは分かっている。でも、体が違うものを欲しがっている。
「罠、作ってみようかな」
前世の記憶をたぐり寄せる。とりあえず、木と蔓を使って――
「……たぶん、こんな感じだったっけ」
とはいえ、罠なんて実際に作ったことはない。
思い出せるのは、テレビで見たやつくらいだ。クマを捕まえる檻とか、ああいうの。
別に大物狙うつもりなんてないし、なんとかなるでしょ……くらいのテンションで作っている。
中に何か入れた方がいいよね、と考える。
乾燥フルーツと、残っていた魚を少し。変な組み合わせ……これで来るだろうか。
◇
細い木の枝を何本か選ぶ。折れないように組み合わせてみたり、しなり具合を確かめる。
次に蔓を探す。引っ張ってみて、切れないものを選ぶ。
「……こうして、こう結んで」
独り言を言いながら、手を動かす。
一度崩れた。
「……違うな」
やり直す。結び方を変える。
また崩れた。
「……」
無言でもう一度。
三回目で、なんとか形になった。
「……たぶん、これで合ってる」
完璧かどうかは分からない。でも、動作はしそうだ。
近くに獣道っぽい跡を見つけて、そこに仕掛ける。
「あとは待つだけだね」
◇
待つのが、一番しんどかった。
焚き火の前に戻って、座る。
しばらくして、罠の方を見る。
何もない。
また焚き火を見る。
しばらくして、また罠の方を見る。
何もない。
「……来ないな」
ため息をつく。
「まあ、そんなすぐ来るわけないか」
分かってはいる。
でも、手持ち無沙汰だ。
薪を足して、水を汲んで、戻る。
また見る。
何もない。
「……」
そのまま空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。
「……のんびりしてるな、雲」
ぽつりと呟く。
しばらくぼんやりして。
――そのまま、何も起こらなかった。
◇
「……ムリだ」
結論が出た。
仕方ない。
火の前に戻って、鍋を取り出す。
持ってきていたパスタを少しだけ折って入れる。
水と塩を用意して。
油とニンニクと鷹の爪……
簡単な、オイルパスタ。
ぐつぐつと音を立てる鍋を見ながら、ぼんやりと座る。
「こういう日もある」
そうだ。何もかも上手くいくわけない。
茹で上がった麺を、木の皿に移す。
軽く混ぜて、一口。
「……うん。パスタ美味しい」
魚ばかりだったからか、それだけでちょっと嬉しい。
しばらく、無言で食べる。
火の音だけが、静かに響く。
◇
がさ、と音がした。
「……ん?」
顔を上げる。
罠の方から、音がしている。
ゆっくり立ち上がって、近づく。
「……え」
思わず、足が止まった。
罠の中に、でかいものがいた。
丸くて、もふもふしていて。
頭に、角が生えている。
「角立派だなぁ」
じっと見つめる。向こうもじっとこちらを見ている。
しばらく、無言で見つめ合う。
「さぁ、どうやって仕留めるか」
一瞬だけ視線を逸らす。
「……まあ、動けないならいけるでしょ」
結論が早い。
ゆっくり近づく。
一歩。
二歩。
ぴく、と耳が動く。
でも、それだけ。
「……あ、これ」
なんとなく、分かる。
「今いけるやつだ」
ナイフを握る。
「一発でいこ」
踏み込む。
迷いなく、一直線に。
喉元へ。
びく、と体が跳ねて――それで終わり。
「……お」
思ったより、あっさりだった。
「いけた」
◇
捌くのは、思ったより大変だった。
角が邪魔だし、想定より大きい。
角は何かに使えそうだから置いておこう。
「それにしてもこんなに肉あるんだ」
悪くない誤算だ。
丁寧に処理して、火にかける。
脂がじわりと滲んで、いい匂いが漂ってくる。
「……っ」
思わず、生唾を飲む。
軽く息を吐いて、手を合わせる。
「いただきます」
少しだけ間があった。
すごく重みのある言葉だ、これ。
一口かじる。
「美味しい」
声が漏れた。
魚とは全然違う。
しっかりした歯ごたえ、じわりと広がる旨味。
「……なにこれ」
思わず手が止まる。
「めちゃくちゃ美味しい」
しばらく無言で食べ続ける。
さっきのパスタの味も、もう思い出せない。
「しばらく食べられるな」
満足げに呟いて、少しだけ笑った。
◇
少し離れた場所。木の陰に、ひとつの影があった。
その視線の先には、角うさぎを捌き、何事もなかったかのように食べている少女の姿。
暴れさせることもなく、逃がすこともなく。
ただ、静かに仕留めていた。
「あれを、ああも簡単に、か」
低く呟く。
角うさぎは警戒心が強く、そもそも姿を見せない。
初級の冒険者が、やっとの思いで仕留める程度の獲物だ。
それを。
魔力の気配すら感じられない少女が、当然のように仕留めている。
「相変わらず面白いな」
小さく息を吐く。
しばらく見ていたが、やがて視線を外した。
「さてと、報告しますか」
エリオ・ローエンは、静かにその場を立ち去った。
次回、いよいよ“相棒”登場です。
山での生活も少しずつ形になってきた頃、セラの前に現れるのは――
ただの狼ではない、少し(かなり)厄介で頼もしい存在。
ここから、ゆるい山暮らしにちょっとだけ非日常が混ざり始めます。
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