第7話 食料をどうにかしたいと思う
魚は美味い。美味いのだが。
――肉が食べたい。
焚き火を眺めながら、頭に浮かぶのは肉ばかりだ。
毎日魚というのも、さすがに飽きてきた。贅沢な話だとは分かっているけれど、体が違うものを欲しがっている。
罠、作ってみようか。
前世の記憶をたぐり寄せ、とりあえず木と蔓を使って仕掛けを考えてみる。
どんな感じだったっけ。
とはいえ、罠なんて実際に作ったことはない。思い出せるのは、前世のテレビで見たクマを捕まえる檻とか、ああいう大がかりなものくらいだ。
でも、別に大物を狙うつもりなんてないし、なんとかなるでしょ。そんな軽いテンションで、とりあえず手を動かしてみる。
中に何か入れた方がいいよねと考え、乾燥フルーツと残っていた魚を少し置いてみることにした。変な組み合わせだけど、これで来るだろうか。
善は急げと、さっそく細い木の枝を何本か選び、折れないように組み合わせてみたり、しなり具合を確かめたりする。次に蔓を探して、引っ張っても切れない丈夫なものを選んだ。
こうして、こう結んで。
考えながら手を動かす。一度崩れてしまったので、違うなとやり直して結び方を変える。
また崩れた。
無言になり、もう一度。三回目の挑戦で、なんとかそれっぽい形になった。
たぶん、これで合っているはずだ。完璧かどうかは分からないけれど、仕掛けとしては動作しそうだ。
近くに獣道っぽい跡を見つけたので、そこに設置しておく。
あとは獲物がかかるのを待つだけだ。
――しかし、この「待つ」という時間が、一番しんどかった。
焚き火の前に戻って座り、しばらくして罠の方を見る。何もない。また焚き火を見て、しばらくして罠の方を見る。何もない。
来ないな、と小さくため息をつく。
まあ、そんなにすぐ来るわけないか。分かってはいるけれど、どうしても手持ち無沙汰になってしまう。
薪を足して、水を汲んで、戻る。また見る。何もない。
そのまま空を見上げると、雲がゆっくり流れていた。
のんびりしてるな、雲。
しばらくぼんやりと空を眺めていたけれど、けっきょく何も起こらなかった。
うん、無理だ。あっさりと結論が出た。
仕方ない。
火の前に戻って鍋を取り出し、持ってきていたパスタを少しだけ折って入れる。水と塩を用意して、油とニンニクと鷹の爪を少し。簡単なオイルパスタだ。
ぐつぐつと音を立てる鍋を見ながら、ぼんやりと座る。
こういう日もある。そうだ、何もかも上手くいくわけがないのだ。
茹で上がった麺を木の皿に移し、軽く混ぜて一口すする。
うん。パスタ美味しい。
ずっと魚ばかりだったからか、それだけでちょっと嬉しくなる。しばらく無言で食べ進めた。火の音だけが、静かに響いていた。
――がさ、と音がした。
ん? と顔を上げる。罠の方から音がしている。ゆっくりと立ち上がって、足音を殺しながら近づいた。
えっ。思わず足が止まる。
罠の中に、でかいものがいた。丸くて、もふもふしていて。頭に立派な角が生えている。
角、立派だなぁ。
じっと見つめると、向こうもじっとこちらを見ている。しばらく無言で見つめ合った。
さぁ、どうやって仕留めるか。
一瞬だけ視線を逸らし、考える。まあ、動けないならいけるでしょ。結論は早かった。
ゆっくりと近づく。一歩。二歩。
くるっと、兎の耳が動く。でも、それだけだ。
あ、これ。なんとなく分かる。今いけるやつだ。
ナイフをしっかりと握り直し、一発でいこうと決める。
踏み込む。迷いなく、一直線に喉元へ。
びく、と体が跳ねて――それで終わりだった。
思ったよりあっさりだった。
ただ、そこから解体して捌くのは大変だった。
角が邪魔だし、想定していたよりずっと大きい。角は何かに使えそうだから、ひとまず横に置いておくことにした。
それにしても、こんなに肉があるんだな。
私にとっては悪くない誤算だ。丁寧に処理をしてから、さっそく火にかける。
しばらくすると脂がじわりと滲み出て、たまらなくいい匂いが漂ってきた。
思わず生唾を飲み込む。
深呼吸して、手を合わせた。
いただきます。
命をいただくという、すごく重みのある言葉だ。
焼き上がった肉を一口かじる。
「……美味しい」
魚とはまるで違う。しっかりとした歯ごたえに、噛むたび濃い旨味があふれてくる。
もう一口。
なにこれ。
……めちゃくちゃ美味しい。
気づけば夢中で肉を頬張っていた。さっき食べたパスタの味なんて、もう思い出せない。
これなら、しばらくは美味しいお肉が食べられる。
あ〜、幸せ。
◇
少し離れた場所。木の陰に、ひとつの影があった。
その視線の先には、角うさぎを捌き、何事もなかったかのように食べている少女の姿がある。
暴れさせることもなく、逃がすこともなく。ただ、静かに一撃で仕留めていた。
あれを、ああも簡単に、か。
角うさぎは警戒心が強く、そもそも姿を見せない魔物だ。初級の冒険者がやっとの思いで仕留める程度の獲物。
それを、魔力の気配すら感じられないやつが、ごく当然のように仕留めている。
相変わらず面白いな。
しばらくその様子を見ていたが、もう大丈夫そうだと思い視線を外した。
「さてと、報告しますか」
エリオ・ローエンは誰に聞かせるでもなくそう口にして、音もなくその場を立ち去った。
次回、いよいよ“相棒”登場です。
山での生活も少しずつ形になってきた頃、セラの前に現れるのは――
ただの狼ではない、少し(かなり)厄介で頼もしい存在。
ここから、ゆるい山暮らしにちょっとだけ非日常が混ざり始めます。
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