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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第1章:お山スローライフの基盤作り編

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第6話 雨風を凌ぐには

 朝から、空気がわずかに違っていた。湿り気を含んだ風が肌にまとわりつき、風の流れも昨日とは少しだけ向きが違う。焚き火の前に座りながら空を見上げると、雲の輪郭がゆっくりと形を変えていた。

 

 ――降るかも。

 

 はっきりとした根拠があるわけじゃない。それでも、風の流れや空気の重さ、雲の動きなど、重なる違和感がひとつの答えを指していて、見過ごしていい変化ではない気がした。

 

 雨が降りそうだから、準備しなきゃ。そう決めたら即行動! 外れていたらその時に笑えばいいのだから、今は動く方が先決だ。


 屋根の骨組みに使えそうな枝を探し、しなりすぎない、しっかりしたものを選んで強度を確かめる。

 二本の枝を地面に立てかけ、角度を見ながら位置を決める。手を離した瞬間、ぐらりと倒れそうになってヒヤリとしたが――ふわりと風が吹き込み、枝は絶妙なバランスでピタリと固定された。うん、私の腕も悪くない……のか?

 

 次は屋根にする葉だ。大きくて厚みのある水を弾きそうなものを選び、下から順に重ねていく。

 綺麗に並べたつもりだったのにすぐにずれてしまい、思わずため息をつきかけたが――再び優しく撫でるような風が吹いたかと思うと、葉は良い感じに重なり合って落ち着いた。

 

 最後に上から布をかぶせ、押さえて端を結ぶ。軽く引いてみてもビクともしないように。

 そっと中を覗き込む。一人分の狭い空間だけれど、雨を防ぐには十分だ。ちゃんと立派な屋根付きの居場所になっていることに、思わず少しだけ嬉しくなった。

 

 空を見上げると、もうあまり時間は残っていないようだった。焚き火へ視線を向け、雨が降る前に魚を焼いておこうと決める。

 

 昨日の魚を取り出した。あのあともう一匹釣れたのだ。


 あのままでは持たないから既に内臓は取り除き、軽く開いて塩を振って、直射日光を避けて風に当てておいた。簡単な一夜干しってやつだろうか。合っているかは分からないけれど、それっぽくは見えている。

 

 火にかざすと、ぱちぱちと弾ける音と一緒に、たまらなく香ばしい匂いが立ちのぼってきた。

 一通り焼き上げてから火を崩す。燃え残りを広げて土をかけ、雨で流れないように周りも整えた。

 

 これで完璧、と思ったその時。ぽつ、と葉を打つ音がした。

 あ、と思う間にもう一滴、続けて雨粒が落ちてくる。


 まるで空が私の準備を待ってくれていたみたい。ギリギリセーフ! と私は小さく安堵の息を吐いた。

 

 

 急いで屋根の中に入り、様子を見る。葉の上を雨粒がすべるように流れていくのが見えて、「おお」と思わず感嘆の声が漏れた。

 

 ちゃんと水を弾いている。これなら大丈夫そうだ。ほっとしてそのまま腰を下ろすと、外からはザーザーという雨音が静かに聞こえ続けている。

 

 しばらくして、焼き上がった魚を手に取った。

 初めて自作した一夜干し、ちゃんと焼けているだろうか。大丈夫だよねと自分に言い聞かせながら、そっと口に運ぶ。

 

 熱が舌に広がる。少し塩が強い気がしたけれど、身がきゅっとしまっていて最高に美味しい。うん、上出来だ。小さく頷いて、自然と笑みがこぼれた。

 

 雨音と、かすかに残る火の匂い。その中でゆっくりと食べ進めながら、ふと思う。

 

 ――お米、欲しいな。

 

 この世界にも細長い種類のお米はあったはずだ。けれど、前世の記憶が戻るまでは、それを美味しいなんて思ったことは一度もなかった。

 ぽつりと零れた本音に、なんだかおかしくなって一人で小さく笑った。

 

 

 どうやらしばらく雨が続きそうだ。

 雨の日のキャンプでも、ちょっとした楽しみがあったはずだ。今ある手持ちの物で何が出来るかと考え、チャイを淹れることにした。

 

 荷物を探ってスパイスと茶葉を取り出す。残念ながらミルクはないけれど、ハチミツをたっぷり入れれば渋さが和らいで美味しくなる。たまにはこういうのも悪くない。

 

 火はさっき消してしまったけれど、屋根の入口近くは大きな木の影になっていて濡れていない。ここなら煙もこもらないし、雨の日でも大丈夫そうだ。

 鍋に水を入れて火にかけ、その間にスパイスを砕いて薄い布に茶葉と一緒に包み、ゆっくりと煮出していく。

 

 立ちのぼるスパイシーな香りに、ふっと息をつく。

 ハチミツをたっぷり入れて出来上がったそれを、そっと口に運んだ。

 じんわりと甘さが体の奥に広がって、心地よく温まっていく。

 美味しい。外で響く雨音さえも、今の私には心地よく感じられた。

 

◇ ◇ ◇

 

 少し離れた場所。木の幹に背を預けて、ひとつの影がその様子をじっと見ていた。

 バッサリと短くなった髪に、わずかに視線が止まる。

 

 言いたいことが山ほど浮かぶが、もちろん口には出せない。

 そして何より、雨が降り始めたのはあの即席の屋根を整え終えた直後だ。火も完璧に処理されている。

 

 読んでるのだろうか? 空を読む魔術とは違うし、魔力の気配もないのに、あいつは完全に天候の変化を把握しているようにみえる。

 まるで、自然そのものを味方につけているかのように。

 

 しばらく見つめて、わずかに息を吐いた。

 

「変な奴とは思ってたけど、ここまでとは……」

 

 今はまだ干渉する必要はなさそうだった。影は雨音の中で、静かに目を細めた。

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