第6話 雨風を凌ぐには
朝から、空気がわずかに違っていた。湿り気を含んだ風が肌にまとわりつき、流れも昨日とは少しだけ向きが違う。焚き火の前に座りながら空を見上げると、雲の輪郭がゆっくりと形を変えていた。
「来るかも」
小さく呟く。はっきりとした根拠があるわけじゃない。それでも、見過ごしていい変化ではない気がした。風の流れ、空気の重さ、雲の動き。重なる違和感が、ひとつの答えを指している。
「雨降りそう、準備しなきゃ」
そう決めたら即行動に移すのみ。外れていたらその時考えればいい。今は動く方が大事だ。
◇
骨組みに使えそうな枝を探す。しなりすぎない、しっかりしたものを選び、手で押して強度を確かめる。
「これ、良さそう」
持ち上げた瞬間、少しだけ後悔した。思っていたより重い。それでも引きずるようにして運ぶ。
「一人でやるには大変だな」
ぽつりと呟いてから、小さく首を振る。ネガティブになったらダメだ。
二本の枝を地面に立てかけ、角度を見ながら位置を決める。横に枝を渡して――崩れた。思ったよりショックが大きい。
「やり直そう」
気を取り直して、もう一度。角度を変え、支えをずらして組み直す。今度は、なんとか形を保っている。
「さっきよりいい、はず」
自信は無いけど、崩れていないなら大丈夫だと思うことにする。
次に葉を集める。大きくて厚みのあるもの、水を弾きそうなものを選び、下から順に重ねていく。流れるように並べたつもりだったのに、すぐにずれた。
「あれ?」
重ね方を変える。またずれる。
「思ってたより難しい」
テントってもっと簡単なものだと思っていた。でも、あれは最初から完成されているだけだと気づく。
「そっか」
妙に納得して、もう一度やり直す。何度か繰り返して、ようやく落ち着いてきた。
「これなら、なんとか」
最後に布をかぶせ、上から押さえて端を結ぶ。軽く引くと少し動いた。
「ここが弱い」
結び直して、もう一度引く。今度は動かない。
「うん、大丈夫」
中を覗く。一人分で狭いけれど、今はこれで十分だ。
「ちゃんと屋根になってる」
思わず少しだけ嬉しくなる。
空を見上げると、もう時間はあまり残っていない。焚き火へ視線を向ける。
「先に焼いておこうかな」
昨日の魚を取り出す。あのあともう一匹釣れた。内臓はすでに取り除いてある。あのままでは持たないからだ。
軽く開いて塩を振り、直射日光を避けて風に当てておいた。
「簡単な一夜干し、ってやつ?」
少し首をかしげる。合っているかは分からないけど、それっぽくは見える。
火にかざすと、ぱちぱちと音が弾け、香ばしい匂いが立ちのぼった。
「いい匂い」
一通り焼き上げてから、火を崩す。燃え残りを広げ、土をかけて、雨で流れないよう周りも整える。
「これで大丈夫かな」
その時、ぽつ、と音がした。
「あ」
もう一滴、続けて落ちてくる。
「間に合った」
小さく息を吐く。
◇
屋根の中に入り、様子を見る。葉の上を雨粒がすべるように流れていくのが見えた。
「おお」
思わず声が漏れる。ちゃんと弾いてる。思っていたより、ちゃんと出来てるみたいだ。
「あ、ここ」
一か所だけ、細く垂れている。
体を動かして葉を足し、布の位置を少しずらす。しばらく見ていると、滴は止まった。
「これなら大丈夫」
そのまま腰を下ろす。外では雨音が続いている。
◇
しばらくして、魚を手に取る。一口かじる前に、ほんの少しだけ手が止まった。自作の一夜干し、ちゃんと焼けているだろうか。
「大丈夫、だよね」
自分に言い聞かせるように呟いてから、口に運ぶ。
熱が舌に広がる。少し塩が強い。
「ちょっとしょっぱいかも」
でも、身がきゅっとしまって美味しい。
「ちゃんと出来てる」
小さく呟いて、少しだけ笑う。雨音と、かすかに残る火の匂い。その中で、ゆっくりと食べ進めながらふと、思う。
「お米、欲しいな」
この世界にも細長い種類のものはあったはずだ。
けれど、前世の記憶が戻るまでは、美味しいなんて思ったことはなかった。
ぽつりと零れた言葉に、自分で少しだけ笑った。
◇
しばらく雨が続きそうだった。
雨の日のキャンプでも、ちょっとした楽しみがあったはずだ。今ある手持ちの物で何が出来るか考える。
「……あ、チャイにしよう」
荷物を探る。スパイスと、茶葉。残念ながらミルクはない。でもハチミツをたっぷり入れれば、渋さが和らいで美味しくなる。たまには、こういうのもいい。
火はさっき消してしまったけど、屋根の入口近くは大きな木の影になっていて濡れていない。ここなら煙もこもらないし、大丈夫そうだ。火を付けるところからまたスタートだけど、時間はたっぷりある。
火の準備が出来たら、鍋に水を入れてかける。
その間にスパイスを砕いて、薄い布に茶葉と一緒に包んだ。
ゆっくりと煮出す。
立ちのぼる香りに、ふっと息をついた。
ハチミツもたっぷり入れて、出来上がったそれをそっと口に運ぶ。
「……美味しい」
じんわりと体の奥が温まっていく。
雨音さえ、心地よく感じる。
◇
少し離れた場所。木の幹に背を預けて、影はその様子を見ていた。短くなった髪に、わずかに視線が止まる。
(切ったのか)
言いたいことが山ほど浮かぶが、口には出せない。
そして、雨が降り始めたのは、屋根を整え終えた直後。火も処理されている。
「読んでるのか」
小さく呟く。空を読む術とは違う。魔力の気配もない。それでも判断できている。
しばらく見つめて、わずかに息を吐いた。
「変な奴とは思ってたけどここまでとは」
今はまだ干渉する必要はなさそうだった。雨音の中で、静かに目を細めた。




