第5話 拠点ってどうやって作るんだっけ
水場を見つけて、ようやく一息ついた。
喉の渇きが落ち着くと、さっきまでの焦りもすっと引いていく。
しゃがみ込んだまま澄んだ水面をぼんやりと眺める。耳に届くせせらぎの音も、やけに心地いい。
ここを拠点にしよう。
そう決断するのに時間はかからなかった。綺麗な水があり、心地よい風が抜け、足場も悪くない。それだけ揃っていれば十分すぎる。
立ち上がって改めて周囲を見回し、頭の中で軽く配置を思い描いていく。
木々の隙間から光が落ちているあの辺りは、洗い物を干すのにちょうどよさそうだ。そして、寝る場所はこの木と木の間。いつかは丸太小屋のようなしっかりしたものを作りたいけれど、いきなりは無理だ。とりあえずは簡単な拠点から始めよう。
軽く周囲を歩いて足場を確かめていると、ふと足元に柔らかそうな緑色の小さな芽が出ているのを見つけた。
踏んでしまえばそれまでだけれど、なんだか少しもったいなくて、そっと避けるようにしゃがみ込む。少し先には可愛らしい花も咲いていた。後で邪魔にならない場所に植え替えようと考えながら、踏まないようにそっと迂回する。
拠点の周りに花が咲いている様子を思い浮かべると、自然と口元が緩んだ。そんな余裕があるかは分からないけれど、ここを素敵な場所にしたい。
まずは火起こしだ。乾いていそうな枝を並べ、ナイフと手頃な石を打ち合わせる。
カチン、と一度鳴らしただけだった。
あっさりと、本当にあっさりと、火種が枝の先に移って燃え広がっていく。
昨日も簡単についたけれど、今日はさらに一瞬だ。いくらなんでも早すぎないだろうか。違和感はあるものの、原因はさっぱり分からないので深く考えるのはやめた。火がつくならそれに越したことはないのだ。
安定して燃え始めた火の前に腰を下ろし、小さめの鍋や調味料を取り出す。
実家から持ち出した塩や日持ちする食材で、簡単なスープを作ることにした。夜の分も多めに仕込んでおく。前世では料理がそれなりに得意だったから、こういう作業は苦にならない。温かいものを口にすると、芯からほっとした。
食事が終わり、軽く手を払った時。ふと自分の髪に手が触れた。
指に絡む長い髪。重いし、作業の邪魔になるし、何より濡れると乾きにくい。
「よし、切ろう」
荷物からナイフを手に取り、いざ刃を当てようとして一瞬だけ手が止まった。今までメイドたちに丁寧に手入れされてきた、しっとりと滑らかな髪。少しの迷いはあったけれど――。
「お母さん、ごめんっっ!」
勢いよく刃を入れた。
ざくり、と軽い音がする。
少し切りすぎたかもしれない。手に残った長い髪の束を見て小さく苦笑したが、不思議と後悔はなかった。
さよなら、お嬢様だった私!
心の中でそう呟きながら、もう一度刃を入れる。ざくり。首元がすっと軽くなった。
水面を覗き込んで確認すると、思ったよりも良い感じ! 少し短くなっただけで視界もすっきりして、格段に動きやすそうだ。
満足して顔を上げた、その時だった。
水面の奥に、小さな影がいくつか揺れているのが見えた。間違いない、魚だ。
その瞬間、頭の中に『晩ごはん』の文字が浮かび、さっきの決別の余韻はどこへやら……だらしなく口元が緩んでしまう。
火はある。綺麗な水もある。これなら、いける。
すぐに立ち上がって細くてしなる枝を探し、弾力を確かめて最高の一本を選び抜く。ナイフで余分な枝葉を削り落とし、荷物の裁縫セットから針と糸を取り出した。針を少しだけ曲げて釣り針の形に整えれば、即席の釣り竿の完成だ。
川辺にしゃがみ込み、そっと糸を垂らす。
前世で父に教わった通り、川魚が逃げないよう静かに水面を見つめて待つ。水の流れる音だけが響く静かな時間は、嫌いじゃなかった。
そうして待つこと数分。
ぴくっ、と糸が揺れた。
反射的に引き上げると、ぐっ、と確かな手応えが返ってくる。派手な水しぶきと共に宙を舞い、ばしゃっと地面に落ちたのは、ぴちぴちと元気に跳ねる川魚だった。
本当に釣れてしまった。
しゃがみ込んでじっと見つめているとじわじわと実感が湧いてきて、気づけば満面の笑みを浮かべていた。
これ、ちゃんと塩焼きにして食べられそう! そんな期待で胸が弾む。
うん、なんだかんだ、この山でも生きていけそうだ。
そんな確かな感覚が、胸の奥にじんわりと広がっていった。




