閑話 届かなかった手紙
――これは、ルシアンが胸の内に抱えている後悔の話。
セラは、貴族に生まれながら魔力がほとんどない。
けれど不思議と、本人は全く気づいていなかったが、幼い頃から彼女のそばには常に精霊の気配が寄り添っていた。
目には見えない。
声も聞こえない。
それでも、そばにいるとわかる。
私にとってセラは一緒にいて、居心地の良い相手だった。
ある時から、聖女イザベラが訪れるようになったのは、弟・ノエルの治療がきっかけだった。
義母は、実の息子を救ってくれる聖女に深く心酔していた。
治療の日以外にも、頻繁に屋敷へ招いているらしい。
そしてある日、彼女は突然言い出した。
「セラちゃんは今後こちらに嫁ぐ立場でしょう? 今からきちんとした教育係をつけた方がいいと思うのよ」
少し嫌な予感がした。
けれど、いずれ公爵家へ嫁ぐ立場なのだからと言われれば、断ることはできなかった。
――今思えば、あれが始まりだったのだと思う。
義母が、少しずつセラの話を口にするようになったのは。
最初は些細な違和感だった。
けれど、いつの間にか話は誇張され、形を変え、セラ本人の知らないところで広がっていった。
その時の私は、何もできなかった。
いや。
正しくは、“気づけなかった”。
視察で数ヶ月屋敷を離れ、戻った時には、すべてが終わっていた。
「婚約は破棄したわ」
義母は当然のようにそう告げた。
抗議しても、聞き入れられることはなかった。
私はすぐにセラへ手紙を書いた。
何通も。
何度も。
けれど返事は、一度も届かなかった。
そんな時だった。
エリオ殿から連絡が来たのは。
幼い頃、何度か交流はあったが、こうして話すのは久しぶりだった。
そこで初めて知った。
セラは、家を出たのだと。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
息が詰まり、ふと視界が滲んだ。
瞬きをした途端に、堪えきれなくなった雫が頬を伝い、そこで初めて自分が泣いていることに気がついた。
なぜ、もっと早く動かなかったのか。
なぜ、違和感を放置したのか。
後悔ばかりが押し寄せる。
もう一度だけでも会えないだろうか。
そう伝えたが、返ってきたのは静かな言葉だった。
『今は、そっとしておいてほしい』
……当然だ。
弁解の余地など、どこにもない。
それからしばらくして、再びエリオ殿から連絡が届いた。
もう二度と関わることは許されないと思っていたからこそ、その連絡は嬉しくもあり、同時に苦しかった。
それからは彼と目的を共にすることが増えた。
彼の手伝いなら、少しでも協力したいと思った。
エリオ殿が扱う発明品の端々に、どこかセラの優しさを感じる。
きっと、今も変わっていないのだろう。
――いつか。
いつかまた、話せる日が来るのだろうか。




