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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第3章:山の恵みは規格外編

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第49話 泡立つ石鹸と、見え始めた変化

 屋敷へ戻ったエリオは、自室へ入るなり机の引き出しを開けた。


 布に包まれた白い塊。


 セラから渡された石鹸だった。


『お土産!』


 楽しそうに笑っていた顔が脳裏をよぎる。


 エリオは静かに息を吐き、石鹸を見下ろした。


(……本当に関係があるのか)


 まだ分からない。


 だが、試してみることはできる。


 水桶へ手を伸ばし、石鹸を濡らしてみる。


 その瞬間、するりと手の中で滑った。


「っ……」


 慌てて握り直す。


 気を取り直して、手の甲に擦りつけてみる。するとどうだろう、白いものがもこもこと湧き出してきた。


(……これが、泡か)


 見たことのないものだった。


 セラが楽しそうに言っていた言葉が頭をよぎる。


『泡立てて洗うと、汚れがすごく落ちるよ!』


 エリオは泡で手を洗い、水で流した。


 その瞬間。


(……っ)


 思わず動きが止まった。


 以前、セラの水を飲んだ時のことを思い出す。全身に染み渡るような感覚。内側から疲労が溶けていくような、あの感覚。


 だが、これは違った。


 水が内側から整えるとすれば、これは外側から直接浄化されるような感覚だった。


 しかも洗った手だけではなく、体全体の澱みまでが、さっと流れ出していくような。


(……水よりも、直接的だ)


 エリオはしばらく自分の手を見つめた。


 水辺の村で見たお祈り前に聖水で清めた者たちはいずれも軽度だった。 


 水で洗う。

 汚れを落とす。

 清める。


 もし、黒花による影響が”付着”によって広がっているのなら。


 エリオはしばらく考え込み、やがて静かに立ち上がった。


「ゼイン」


「はい」


 呼び出されたゼインが、すぐに姿を現す。


「口の堅い者を探せ」


「……どういった?」


「軽度の皮膚病だが、治療院へは通っていない者がいい」


 ゼインは一瞬だけ目を細めた。


「……治験、でもなさるのですか?」


「ああ。正式な手続きを踏む時間はない。ただし、リスクは正直に伝えろ。強制は絶対にするな」


「……承知しました」



 二日後。


 ローエン家の管理する別邸の一室へ、一人の青年が案内されていた。


 腕に赤い湿疹が浮かんでいる。


 水辺で働く船員だった。


「本当に治るんでしょうか……」


 不安そうな声に、エリオは静かに答える。


「断言はできない。だが、試す価値はある」


 机の上へ、白い石鹸を置いた。


 青年は不思議そうに目を瞬かせる。


「……なんです、これ」


「汚れを落とすためのものだ。泡立てて使う」


「泡?」


 エリオは簡潔に使い方を説明すると、水桶を用意した。



 石鹸を濡らし、擦る。


 すると、白い泡がふわりと立ち上がった。


「おお……」


 青年が驚いたように目を見開く。


 そのまま無言で、その腕を丁寧に洗っていった。


 赤く荒れていた皮膚。


 洗い流された水は、うっすらと濁っていた。


 ただの土汚れではない。


 どこか嫌に粘つくような黒ずみが、水面へ薄く残っている。


 エリオの目が細まった。


(……やはり、何かが落ちている)


 洗い終えると、青年が自分の腕を見つめた。


「あれ……」


 赤みが、明らかに引いていた。


「痒みは」


「……ない、です。さっきまであんなに痒かったのに」


 青年が目を丸くする。


 エリオは静かに息を吐いた。


(一度で、ここまで)


 その後も、数日に分けて試した。


 同じような症状を持つ者を、慎重に選びながら。


 結果は、一様だった。


 一度洗うだけで赤みが引く。


 個人差はあるものの、二、三度繰り返せば、ほぼ完治する。


 エリオは報告書へ静かに目を落とした。


 治療とは呼べない、などという段階ではなかった。


 明らかに、効いている。


 しかも、異常なほど早く。

 

(……また、とんでもないものを作り出してしまっているじゃないか)


 エリオは静かに額を押さえた。


(……本人は絶対、何も分かっていないんだろうな)


 小さく息を吐きながら、机の上の石鹸へ視線を向ける。


 残りは、あとわずかだった。


 ――また、とんでもないことになりそうだ。


 エリオは山へ行くため再び立ち上がった。


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