第44話 香り付けと、逃げ出す精霊たち
朝から、セラがそわそわしていた。
ロッジの周りをうろうろしながら、薬草やら花やらを眺めては首を傾げている。
ノクスは木陰に寝そべりながら、その様子を眺めた。
(……また何かするつもりか)
特に驚きはしない。
この娘は思い立ったら止まらない。それはもう、よく分かっていた。
「ノクス! 石鹸にいい匂いをつけたいんだけど、この辺に香りのいい花ってある?」
「……石鹸とやらは、もう完成したのではないか」
「完成はしたんだけど、獣脂の匂いがちょっと気になってて。もうちょっといい匂いにしたら、もっと使いやすくなるかなって!」
ノクスは静かに息を吐いた。
(……なるほど。終わりがないわけだ)
だが、止める気はなかった。
「少し先登った所に、オレンジ色の小花が群生している。香りは悪くない」
「本当に!? ありがとう、ノクス!」
セラはぱっと顔を輝かせて、駆け出していった。
しばらくして、セラは両手いっぱいに花を抱えて戻ってきた。
上機嫌で鍋に放り込み、水を加えて火にかける。
「これ煮出したら絶対いい匂いになるはず!」
ノクスはその様子を眺めながら、ふと気配を感じた。
山に満ちる小さな精霊たち。
セラの周りに集まり、楽しそうにその様子を見ている彼ら――今日も、興味津々といった様子で鍋を遠巻きに眺めている。
煮立ち始めた鍋から、ふわりといい香りが漂う。
「わあ、いい匂い! これは成功じゃない!?」
だが。
石鹸の材料に混ぜ込んだ途端、香りはあっという間に飛んでしまった。
「……あれ?」とセラが首を傾げる。
「匂いが全然しなくなっちゃった……あっ、でも色がついたよ! キレイ!」
セラは目を輝かせた。うっすらオレンジ色に染まった石鹸の素をしげしげと眺めながら、ふと思い出す。
「そういえば、石鹸って香りだけじゃなくて見た目も楽しめるんだよね。色とか、形とか……それこそお花そっくりの石鹸が売ってたりして、見てるだけでも楽しかったな」
ノクスの眉がわずかに動いた。
(……花そっくりの石鹸。何のために)
「……?」
(……色に気を取られているが、本来の目的を忘れていないか)
「でも匂いが飛んじゃったのは残念だな。次は薬草を試してみよう!」
忘れていなかった。
二度目。
今度は薬草を煮出してみたらしい。
ノクスの目に、精霊たちが一斉に後退する様子が映った。
(……酷いな)
「うっ……なんか薬っぽい匂いになっちゃった」
セラが顔をしかめる。
精霊たちはさらに遠ざかった。
「煮るのが良くないのかな……」
セラはしばらく腕を組んで考え込んだ。
「そうだ。煮るんじゃなくて、油に漬け込んだらどうだろう? そしたら香りが飛ばないかも!」
三度目。
花びらを丁寧に選り分け、オイルの中へそっと漬け込んでいく。
火は使わない。ただ、じっくりと時間をかけて香りを移していく。
ノクスは遠巻きにしていた精霊たちをちらりと見た。
さっきまで逃げ出していた彼らが、少しずつ近づいてきていた。
(……ほう)
時間をかけて待った後、セラはそっと花びらを取り出し、香りの移ったオイルを石鹸の材料へ混ぜ込んだ。
「これ、どうかな……」
恐る恐る鼻を近づける。
「あっ! ちゃんといい匂いがする! 飛んでない!」
精霊たちが、一斉に集まってきた。
我先にと香りを嗅ごうとして、押し合いへし合いしている。
(……先ほどまで逃げ回っていたくせに)
現金なものだ、とノクスは思った。
「できた!!」
セラが満面の笑みで石鹸を掲げた。
仕上がったそれは、ふわりと花の香りを纏った、柔らかな仕上がりだった。
「ノクス! 嗅いでみて! 今度はちゃんといい匂いでしょ!?」
ぐいと差し出された石鹸に、ノクスは静かに鼻を近づけた。
悪くない。むしろ、清々しいとすら言える香りだった。
「……まあ、良いのではないか」
「やったー!」
セラが嬉しそうに跳ねる。
ノクスの目には、精霊たちがセラの周りで喜ぶように舞っている様子が見えていた。
(……まったく)
やれやれと思いながらも、ノクスはその光景を眺め、穏やかな眼差しを向けていた。




