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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第3章:山の恵みは規格外編

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第43話 聖水不足と、綺麗な水の話

 山道を登りながら、ルークは隣を歩くエリオ様をちらりと見た。

 ――そう、今はエリオ様だ。正式にお付きになってから、自然とそう呼ぶようになっていた。

 冒険者の仕事は依頼をこなすことだ。だが今は違う。守りたいと思う人がいる。

 その人が笑っていられるように、エリオ様と行動を共にしようと決めた。


 濾過装置の許可を取りに、あの山へ向かっている。

エリオ様はどう伝えるつもりなのだろう。

 あの水のこと。この山のことを。本当のことを。

 ……きっと、全ては言わない。

 そんな気がしながら、ルークは黙って隣を歩き続けた。



「あ、エリオ! どうしたの――って、ルークさんも?」

 ロッジの前で作業をしていたセラが、ぱっと顔を上げた。

 エリオと並んで立つルークを見て、きょとんと首を傾げる。

「ああ。色々あって、ルークたちにしばらく俺の従者として手伝いをしてもらうことになった」

「そうなんだ!」

 セラはぱっと顔を明るくした。

「ルークさん、よろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ルークは少し面食らいながらも、素直に頭を下げた。

 

「少し、話がある」

 エリオが真っ直ぐセラを見る。

「うん、どうぞ!」



 テーブルを挟んで向かい合うと、エリオは静かに切り出した。

「今、王都で聖水が不足している」

「聖水が?」

「ああ。黒花という植物はしってるか? 元々は瘴気や穢れを浄化する花だ。それが教会の地下で増え続けていて、対処が追いつかなくなっている。聖水の備蓄も減ってきた」


 エリオは以前、教会を訪れた際に見た地下の様子や、神父から受けた黒花についての説明をそのままセラに伝えた。


 セラは真剣な顔で聞いていた。

 しばらく考え込むように視線を落とし、それからゆっくり顔を上げる。

「……聖水って、水から作るんだよね?」

「ああ、そうだが」


「じゃあ……水が綺麗じゃないから、じゃないの?」


 エリオは一瞬言葉に詰まった。

 

 セラの頭には、前世で見た“汚れた土地に不思議な植物が広がる物語”がぼんやり浮かんでいた。


「綺麗な水とか、綺麗な場所なら落ち着いたりしないのかなって……」


 セラは考え込むように小さく首を傾げた。


「綺麗な水があれば、もっとちゃんとした聖水が作れるんじゃないかな。黒花がどんどん増えてるなら、それだけ綺麗な水が必要になるわけだし」


 隣でルークも微妙な顔をしている。

 少し離れた場所で寝そべっていたノクスは、静かに目を細めた。

(……この娘は、本当に)

 黒花の深刻さも、聖水の意味も、何一つ正しく捉えていない。

 ただ純粋に「水が綺麗なら解決する」と思っている。

 エリオは軽く咳払いをした。

(……まあ、間違ってはいないんだが)

 二人の視線が、一瞬だけ交差した。

 言葉はなかった。

 だが、確かに通じ合うものがあった。


「それで、」

 エリオは気を取り直して続ける。

「以前作った濾過装置を、広めたいと思っている。カーライル家と魔石を使って聖水の生産を補助する研究を共同で進める事になった。濾過装置をその一環として使いたい。ルシアンが――」

 その瞬間。

 セラの手が、止まった。

 ほんの一瞬だった。

 エリオは内心で舌打ちした。

(しまった)

 さりげなく名前を出したつもりだったが、気づけばセラはテーブルの木目をじっと見ていた。

 ルークが静かに息を呑む気配がした。

 沈黙は、短かった。

「……そっか」

 セラは顔を上げた。

 にこっと、いつも通りの笑顔で。

「頑張ってるんだね」

 それだけ言って、また真っ直ぐエリオを見た。

 エリオは何も言えなかった。

 胸の奥が、じくりと痛んだ。

「魔石でそんな事も出来るの? すごいね! 水を綺麗にするだけじゃなくて、聖水まで作れちゃうなんて!」

 セラはもう、いつものセラだった。

 明るく、屈託なく、興味津々に目を輝かせている。

 その切り替えの早さが、エリオにはかえって胸に刺さった。

「……濾過装置の件、許可してもらえるか」

「うん、全然いいよ! 役に立てるなら嬉しいし」

 あっさりと頷くセラに、エリオは小さく息を吐いた。

 ノクスはそっぽを向いたまま、静かに目を細めていた。

(……ルシアンとやらがすごいのではない)

 だが、それを口にするつもりはなかった。

 またしても言葉はなかったが、エリオとノクスの間に、静かな連帯感が漂った。

 ルークだけが、何かを察したような顔で紅茶を飲んでいた。



「あ、そうだ!」

 話が一段落したところで、セラが立ち上がった。

「ちょっと待ってて!」

 ぱたぱたとロッジの中へ駆け込んで、すぐに戻ってくる。

 手には、白っぽい固形物がいくつか載った木皿があった。

「これ、よかったら使って! 石鹸っていうの。灰と脂で作ったんだけど、泡立てて洗うと汚れがすごく落ちるよ」

「……なんだこれは」

 エリオは思わず眉を寄せた。

「石鹸! 傷の周りとか、手とか、ちゃんと洗えるよ。お土産!」

 差し出された木皿を、エリオは受け取りながら内心で遠い目をした。

(……また、何か作っている)

 ルークが恐る恐る石鹸を手に取り、裏返している。

「灰と脂……で、これができるんですか」

「うん! これ、みんな欲しがると思うんだよねぇ」

 ルークはエリオを見た。

 エリオはルークを見た。

 二人して、何も言わなかった。


 ただ一人、にこにこと満足げな顔をしたセラだけが、「作り方、いつでも聞きにきてね!」と無邪気に笑っていた。

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