第42話 教会の地下へ
ルシアン聞いた聖水の件は、想像以上に深刻だった。
数日後、ローエン家にもカーライル公爵家との共同視察の通達が届いた。場所は王都中央大聖堂。
その話を持ってきた父は、書類を机に置いたままエリオを見た。
「今回はお前に任せる。よろしく頼む」
エリオは静かに頷き、準備を整えた。
大聖堂の正門をくぐると、出迎えた司祭が深々と頭を垂れた。
「カーライル様、ローエン様。お待ちしておりました」
案内されたのは、回廊の奥。
普段は関係者しか立ち入れないという扉の前で、司祭が一度足を止めた。
「……心の準備を」
その一言が、妙に重かった。
地下へ続く石段を下りるにつれ、空気が変わった。
冷たく、湿っていて、そして――どこか甘い。
花の香りだ、とエリオが気づいた時には、すでに扉が開かれていた。
「――」
話には聞いたことがあった。
留まり花。
瘴気を吸い、穢れを花弁へ移す浄化植物。
本来なら、穢れを吸い切れば白い花弁から順に朽ち、やがて枯れるはずの花だ。
だが――
床一面を埋め尽くす花々は、枯れるどころか黒く咲き誇っていた。
白から灰へ。灰から黒へ。それでも花弁は艶めき、甘い香りを放ちながら、まるで闇そのものを喰らって育っているようだった。
美しい。
その美しさが、余計に禍々しかった。
「……これが、全部」
エリオの声が、思ったより掠れた。
「増え続けております。聖水での対処も、もはや追いついておりません」
司祭の声は静かだったが、その目には隠しきれない焦燥が滲んでいた。
その時、隣に立つルシアンが静かに口を開いた。
「……根は、どこまで広がっている」
「それが、把握しきれておらず……」
ルシアンは何も言わなかった。
だがエリオには、その質問の意味が分かった。
地下で管理できなくなれば、花は新たな栄養を求めて広がり続ける。
根が地上へ届いた時、この花々は一体どこまで伸びていくのか。
王都の地下を。街を。人々の足元を。
「あまり長時間おいでになると、お体に障ります。地上へ戻りましょう」
促されるまま石段を上がりながら、エリオはまだあの花の艶を瞼の裏に感じていた。
地上に出ると、外の空気が妙に美味しく感じた。
ルシアンが静かに空を見上げながら呟く。
「……急がないといけないね」
エリオは無言で頷いた。
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