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無自覚聖女から始まる辺境山暮らし 〜婚約破棄されたけど、神獣と精霊に愛されています〜  作者: なな日々
第3章:山の恵みは規格外編

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第40話 灰と脂で作ると言ったら、ノクスに呆れられました

 エリオと冒険者の二人が帰宅後、セラはずっと考えていた。


「ねえ、ノクス。冒険者さんたち、あの時水で傷を濯いで確かにだいぶ綺麗になったんだけど……土とか血とか、まだ結構ついてたんだよね」

 前世を思い返すと、清潔のレベルがまるで違う。

 セラは腕を組みながら、小さく唸った。

「水で流しただけでも綺麗にはなるけど、やっぱりちゃんと洗えた方がいいと思うの」


「……あの水で”だけ”と言うのか」


 ノクスが呆れたように目を細める。

 だがセラは気づかないまま、ぱっと顔を上げた。


「だから石鹸を作ろうと思うの!」

「なんだそれは」

「え?」

「……その、“せっけん”とやらだ」

「汚れを落とすためのものだよ。泡立てて洗うの」

「泡で汚れを落とす……?」

「うん! 手とか傷の周りとか、ちゃんと綺麗にできるようになるし、なんでも洗えちゃうんだから!」


 昔、母に聞いた作り方を思い出しながら、セラは頷く。

「今後また誰か怪我するかもしれないし、清潔にできるようにしておいた方が安心かなって。たしか灰を使うと洗浄力が良くなるらしいの!」


「……灰?」


 ノクスは怪訝そうに眉を寄せた。


「うん。燃えた後の木の灰。水に混ぜたりすると、汚れが落ちやすくなるんだって」

「それを身体に使うのか?」

「ちゃんと作れば大丈夫……だと思う!」


 最後だけ少し自信が揺らぐ。

 前世で聞いた知識を思い返しているだけなので、細かい部分までは曖昧だ。だが、確か灰と油を使っていたはずだ。


「材料は揃いそうだし、洗えるものは作っておきたいの」

 そう言ってセラは、かまどの近くに置いていた灰箱を覗き込んだ。

 料理や湯を沸かすために使った薪の灰が、さらさらと白く積もっている。

「これ使えそう!」


「……本当に妙な知識ばかり持っているな、お前は」

「便利なんだからいいでしょ?」


 セラは笑いながら灰を木皿へ移した。

 そして布で濾し、水を加えていく。白く濁った液体を見ながら、記憶を辿るように呟いた。


「たしかこれで”灰汁”を作るんだったかな……?」

「灰の汁など、本当に使い物になるのか」

「んー……でも昔の人は洗濯とかにも使ってたらしいよ?」

「洗濯……逆に汚れそうだな」


 ノクスは疑うような目で、その白い液体を眺めた。


「その知識、また”前世”か?」

「うん」

 セラは手を動かしたまま頷く。

「向こうの世界って、すごく清潔にする文化があったんだよね。傷とかもちゃんと洗わないと危ないって言われてたし」


「……なるほどな」


 ノクスは静かに目を細めた。

 この娘は、自分の水が常識外れの浄化能力を持っていることにも気づかず、“もっと綺麗にしたい”と考えている。

 どこまでも無自覚だ。


「あとは油が必要なんだけど……あっ、そうだ! この間ノクスが狩ってきてくれたお肉、脂身が結構残ってたよね?」

「ああ。我は赤身の方が好みゆえ、いつも残っておるな」

「それを使おう! 灰汁とお肉の脂を混ぜて、ぐるぐる煮詰めるの!」


 セラは思い立ったが吉日とばかりに、鍋に獣脂を入れて火にかけた。

 脂が溶けて透明になったところで、先ほど濾した灰汁を少しずつ注ぎ入れる。


「ここからは、ひたすら混ぜるだけだよ!」


 木のへらを握り、セラは鼻歌交じりに鍋の中身をかき混ぜ始めた。

 パチパチと薪が爆ぜる音と、鍋の中でとろみを持った液体が混ざる音だけが響く。


 ノクスは手伝うこともなく、ただ少し離れた場所に寝そべり、その様子をじっと眺めていた。

 精霊に愛される娘が、額に汗をにじませながら、木のへらで脂と灰を混ぜている。


(……本来であれば、神官どもが傅き、国を挙げて保護されるべき存在だろうに)


 だが、本人が一番生き生きとしているのは、こうして「今日をどう快適に過ごすか」と笑いながら手を動かしている時なのだ。


 しばらく混ぜ続けるうちに、鍋の中身は少しずつ白く濁り、とろりとした質感へ変わっていった。


「あっ、なんだかもったりしてきたよ! いい感じかも!」


 セラが鍋を覗き込んで歓声を上げる。

 最初はただの油のようだったそれも、今では薄いクリームのようになっており、冷やし固めれば立派な固形物になりそうだった。


「で、これを固めるんだったよね……」

 セラは辺りを見回し、ふと小屋の隅に立て掛けられていた竹へ目を向けた。

「あっ、これ使えるかも!」


「竹?」

 ノクスが不思議そうに首を傾げる。


 セラは一本の竹を抱えて持ってくると、器用に縦へ割っていった。ぱきり、と乾いた音が響く。


「これをね――」

 割った竹を再び合わせ、蔓で何か所かをきゅっと縛る。すると、筒状の形へ戻った。

「中に流し込めば型になるかなって!」


「……なるほど」

 ノクスは感心したように目を細める。

 木箱よりも隙間が少なく、形も整っている。確かに液体を固めるには都合が良さそうだった。


「あと、くっつかないように……」

 セラは近くにあった大きな葉を竹の内側へ敷き込んでいく。葉の青い香りがふわりと広がった。

「これでたぶん大丈夫!」

「随分と手慣れているな」

「んー、なんとなく?」


 実際には半分くらい勘だった。

 だが、前世の記憶が”こうすると良い”と告げている気がする。

 セラは慎重に鍋を持ち上げると、とろりとした液体を竹筒の中へ流し込んだ。淡い灰色のそれは、ゆっくりと竹の中を満たしていく。


「おお……!」

 思わず声が漏れる。

 なんだか急に”ちゃんとした物作り”をしている気分になってきた。


「固まるかなぁ」

「知らん」

「そこは期待してよ!」


 くすくす笑いながら竹筒を並べるセラを見て、ノクスは不思議と温かい気持ちになるのだった。


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