第40話 灰と脂で作ると言ったら、ノクスに呆れられました
エリオと冒険者の二人が帰宅後、セラはずっと考えていた。
「ねえ、ノクス。冒険者さんたち、あの時水で傷を濯いで確かにだいぶ綺麗になったんだけど……土とか血とか、まだ結構ついてたんだよね」
前世を思い返すと、清潔のレベルがまるで違う。
セラは腕を組みながら、小さく唸った。
「水で流しただけでも綺麗にはなるけど、やっぱりちゃんと洗えた方がいいと思うの」
「……あの水で”だけ”と言うのか」
ノクスが呆れたように目を細める。
だがセラは気づかないまま、ぱっと顔を上げた。
「だから石鹸を作ろうと思うの!」
「なんだそれは」
「え?」
「……その、“せっけん”とやらだ」
「汚れを落とすためのものだよ。泡立てて洗うの」
「泡で汚れを落とす……?」
「うん! 手とか傷の周りとか、ちゃんと綺麗にできるようになるし、なんでも洗えちゃうんだから!」
昔、母に聞いた作り方を思い出しながら、セラは頷く。
「今後また誰か怪我するかもしれないし、清潔にできるようにしておいた方が安心かなって。たしか灰を使うと洗浄力が良くなるらしいの!」
「……灰?」
ノクスは怪訝そうに眉を寄せた。
「うん。燃えた後の木の灰。水に混ぜたりすると、汚れが落ちやすくなるんだって」
「それを身体に使うのか?」
「ちゃんと作れば大丈夫……だと思う!」
最後だけ少し自信が揺らぐ。
前世で聞いた知識を思い返しているだけなので、細かい部分までは曖昧だ。だが、確か灰と油を使っていたはずだ。
「材料は揃いそうだし、洗えるものは作っておきたいの」
そう言ってセラは、かまどの近くに置いていた灰箱を覗き込んだ。
料理や湯を沸かすために使った薪の灰が、さらさらと白く積もっている。
「これ使えそう!」
「……本当に妙な知識ばかり持っているな、お前は」
「便利なんだからいいでしょ?」
セラは笑いながら灰を木皿へ移した。
そして布で濾し、水を加えていく。白く濁った液体を見ながら、記憶を辿るように呟いた。
「たしかこれで”灰汁”を作るんだったかな……?」
「灰の汁など、本当に使い物になるのか」
「んー……でも昔の人は洗濯とかにも使ってたらしいよ?」
「洗濯……逆に汚れそうだな」
ノクスは疑うような目で、その白い液体を眺めた。
「その知識、また”前世”か?」
「うん」
セラは手を動かしたまま頷く。
「向こうの世界って、すごく清潔にする文化があったんだよね。傷とかもちゃんと洗わないと危ないって言われてたし」
「……なるほどな」
ノクスは静かに目を細めた。
この娘は、自分の水が常識外れの浄化能力を持っていることにも気づかず、“もっと綺麗にしたい”と考えている。
どこまでも無自覚だ。
「あとは油が必要なんだけど……あっ、そうだ! この間ノクスが狩ってきてくれたお肉、脂身が結構残ってたよね?」
「ああ。我は赤身の方が好みゆえ、いつも残っておるな」
「それを使おう! 灰汁とお肉の脂を混ぜて、ぐるぐる煮詰めるの!」
セラは思い立ったが吉日とばかりに、鍋に獣脂を入れて火にかけた。
脂が溶けて透明になったところで、先ほど濾した灰汁を少しずつ注ぎ入れる。
「ここからは、ひたすら混ぜるだけだよ!」
木のへらを握り、セラは鼻歌交じりに鍋の中身をかき混ぜ始めた。
パチパチと薪が爆ぜる音と、鍋の中でとろみを持った液体が混ざる音だけが響く。
ノクスは手伝うこともなく、ただ少し離れた場所に寝そべり、その様子をじっと眺めていた。
精霊に愛される娘が、額に汗をにじませながら、木のへらで脂と灰を混ぜている。
(……本来であれば、神官どもが傅き、国を挙げて保護されるべき存在だろうに)
だが、本人が一番生き生きとしているのは、こうして「今日をどう快適に過ごすか」と笑いながら手を動かしている時なのだ。
しばらく混ぜ続けるうちに、鍋の中身は少しずつ白く濁り、とろりとした質感へ変わっていった。
「あっ、なんだかもったりしてきたよ! いい感じかも!」
セラが鍋を覗き込んで歓声を上げる。
最初はただの油のようだったそれも、今では薄いクリームのようになっており、冷やし固めれば立派な固形物になりそうだった。
「で、これを固めるんだったよね……」
セラは辺りを見回し、ふと小屋の隅に立て掛けられていた竹へ目を向けた。
「あっ、これ使えるかも!」
「竹?」
ノクスが不思議そうに首を傾げる。
セラは一本の竹を抱えて持ってくると、器用に縦へ割っていった。ぱきり、と乾いた音が響く。
「これをね――」
割った竹を再び合わせ、蔓で何か所かをきゅっと縛る。すると、筒状の形へ戻った。
「中に流し込めば型になるかなって!」
「……なるほど」
ノクスは感心したように目を細める。
木箱よりも隙間が少なく、形も整っている。確かに液体を固めるには都合が良さそうだった。
「あと、くっつかないように……」
セラは近くにあった大きな葉を竹の内側へ敷き込んでいく。葉の青い香りがふわりと広がった。
「これでたぶん大丈夫!」
「随分と手慣れているな」
「んー、なんとなく?」
実際には半分くらい勘だった。
だが、前世の記憶が”こうすると良い”と告げている気がする。
セラは慎重に鍋を持ち上げると、とろりとした液体を竹筒の中へ流し込んだ。淡い灰色のそれは、ゆっくりと竹の中を満たしていく。
「おお……!」
思わず声が漏れる。
なんだか急に”ちゃんとした物作り”をしている気分になってきた。
「固まるかなぁ」
「知らん」
「そこは期待してよ!」
くすくす笑いながら竹筒を並べるセラを見て、ノクスは不思議と温かい気持ちになるのだった。




